永遠少年症候群

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中央高校生徒会

 生徒会選挙は、とても盛り上がったと思う。いや、盛り上がったというには少し異様だったかもしれない。一方的で圧倒的だった。西条りょうというカリスマが現れて、ほとんどの票をかっさらっていった。
 生徒会長を経験して国立大学への推薦をとりたいと公言していたガリ勉野郎がわなわなと怒りで震えていたのを見た。

「宇治川、ご飯食べないの?」
「パン買ってくる」
「またか」
「まただよ。お袋、弁当作るの完全にやめたっぽい」

 本当は、離婚したらしい。一昨日までは何もしないなりに家にいたのに、昨日帰るといなかった。まだ中学生の弟は、ガキのくせに淡々とお袋出てったと俺に言った。俺の方がショックを受けているかもしれない。けど、家庭の事情を学校の知り合い程度の奴に話すつもりはない。

「僕が作ってやろうか」

 西条りょうは、女子生徒を虜にしたさわやかな笑顔で言った。
 どこからどう見ても美女なのに、態度が紳士。賢くて、見てくれもいい。可愛くて、格好いい。こいつの欠点は欠点がないことだと結構な数の奴が言う。俺は出会った当初は何か裏があるんじゃないか、さわやかすぎる笑顔が気持ち悪いと思ってた。あと僕っていうのがイタいな、とか。

「西条って料理下手そう」
「なんだと」

 眉根を寄せた西条に肩を竦めて見せて、売店へ向かう。俺と入れ違いで甚雨が教室に入ってきた。甚雨は西条の彼氏。西条はそう言われるのを極端に嫌がるが、俺にはただのバカップルにしか見えない。
 職員室の近くにある売店は毎日かなりの人数が押し寄せている。見慣れた猫っ毛の茶髪を見つけじりじりと近付くと、彼女はわぁっと小さく声を上げた。

「ぶどうパンがある!」
「よりによってぶどうパンっすか?」
「あ、宇治川くん。君もパン?」
「はい」

 担任の、飯野先生。化学の担当だ。とっても可愛い。細くて可憐で、とにかく、好き。
 先週は元気いっぱいだったのに、今週は昨日まで休んでいたのでなんだか懐かしい。朝もホームルームで会ったんだけどさ。元々痩せてたのに、なんだかやつれている。

「先生は――……」
「あ!前川くん!ぶどうパンは先生の!」
「飯野先生カツアゲかよ」

 先生は前川くんという生徒やその他の生徒と親しげに話している。嫉妬する余地もない。俺も先生にとってはただの生徒の一人なのだ。

「……焼きそばパンとサラダパン」
「はい」

 残り少ないパンから適当に選んで、自動販売機でジュースを買って教室に戻る。

「あ、宇治川くん!」

 後ろから追いかけてくる先生の声に、ドキンと心臓が跳ね上がる。あれ、何かしたっけ?なんで話しかけてくれるんだろう。嬉しい。

「この前もパンだった……よね?その――……大丈夫?」
「……お袋が、出てって」
「えっ、あ、あのっ、ごめん!変なこと聞いて!」
「いや別に……」
「ごめんね」

 先生は変に慌てるように、去っていった。今のが、担任としてじゃなければ、いいのに。
 教室に戻ると、西条と甚雨が何やら真剣な顔をして話し込んでいた。真剣と言うよりは、なんだか西条が怒っている……ような……。

「……どうした?」
「宇治川!!」

 二人が見事にハモってこちらをぐわっと見る。痴話げんかに巻き込まれるのはごめんなんだが……。

「……えーっと、じゃあ、ちょっと冷静そうに見える甚雨からドウゾ」
「僕はりょうの服はスカートがいい!」

 全然冷静じゃなかった。

「ごめん、今お前すっげー気持ち悪いこと言ってる自覚ある?」
「気持ち悪い……?」

 心外だという顔をする甚雨とは対照的に、西条は聞き飽きたとでもいうような冷めた表情で肩を竦めた。

「そうだ。甚雨が僕の服装につべこべ言う義理はない。宇治川、生徒会役員の仕組みを知っているかい?」
「仕組み?」
「そう。仕組み。選挙では会長しか選ばない。その他の役員――つまり副会長や会計、書記――は、生徒会長の指名制だ」
「あぁ、その仕組みな。知ってる」

 知っている話なら、食べながらでもいいだろう。焼きそばパンをかじると西条も思い出したように弁当を食べた。

「僕は今、気が置けない友人である甚雨に副会長をお願いしようとした」
「気が置けないって、お前そこまで甚雨のこと信用してないのかよ」
「……一応説明しておくが、気が置けないというのは気兼ねしなくていいという意味だよ」
「バカにもわかる言葉を話してくれ。……しかしまぁ、内容はわかった。副会長を頼もうとしたけど、西条の公約に一番反対してるのが甚雨ってわけか」
「察しがいいね」

 西条の公約はずばり、制服廃止だ。それが実現すれば、西条は確実にスカートをはくことはないだろう。
 スカート姿が見たいという甚雨の欲望とは相容れないのだ。……甚雨キモい……。

「……」

 問題は、その話を俺に聞かせているということ。間違いなく副会長に俺を指名しようとしている。

「……飲み物買ってくる。おい、甚雨。行くぞ」
「え?僕も?」
「え、じゃあ僕も」
「男同士の話があるんだよ」

 西条は相当嫌そうに眉をひそめた。立ち上がる時に机についた手が拳を握っている。
 無理矢理甚雨を廊下に引きずり出すと、甚雨は少しだけ肩を竦めた。

「僕を説得しようとしてるだろ」
「当たり前だ。絶対俺に副会長振る流れだっただろ」
「僕はりょうの公約には断固反対。りょうの私服見たことある?どこの王子様かと」
「俺はこのままお前がアタックし続けたら、西条は落ちると思うよ」
「ほんと!?」
「あぁ。なんだかんだ言ってお前らって美男美女でお似合い。だけど考えても見ろ。西条はきれいだ。モテる」
「うん。昔っから、すごく綺麗で」
「可愛い服なんか着てたら、余計に変な虫がつきやすくなると思わないか?」
「そうかな……」

 これは常々、俺が飯野先生に対して思っていることだ。先生が可愛すぎて変な虫がつかないか心配。

「西条がスカート嫌がってるんだから、それでいいと思うけど。俺的には、西条がずっと男っぽい恰好で久しぶりのスカートがウェディングドレスっていうのが一番燃えるなー」
「ウェディングドレス……!?」

 甚雨の虚を衝かれたような反応を見て内心ほくそ笑んだ。
 そこまでは想像していなかったか。これはもう俺の勝ちだ。後は甚雨の想像力次第だ。西条のウェディングドレス姿(妄想)に、どんだけ反応するか。

「……そっか……、そうだよな、白無垢のつもりだったけどウェディングドレスもいいな……」
「!!!!」

 凄まじいカウンター攻撃をくらった気分だ。お笑い芸人のように転びそうになったくらい。
 こいつ一応、今は片想いだよな。当然のように白無垢を着せるつもりとは、どういうことだ。
 こいつらがお似合いのカップルと言ったのに嘘はなかったが、少し西条には逃げてほしい気もしてきた。

「……りょうは足がきれいだからミニスカのドレスも似合うはず……」
「お前まじでキモい。気持ち悪い」
「ていうか、騙されないぞ。僕は毎日りょうのスカート見てても飽きない!ウェディングドレスはいつだって燃える!マーメイドドレスもきっと似合う!」
「公衆の面前で何を言ってるんだ……?」

 背筋が凍るような冷たい声に、甚雨が青ざめる。こいつこんなに表情豊かなやつだったかな。

「……僕は副会長する気はないよ」
「君に任せたくなくなった。生徒会室で二人きりにでもなったら危険だ。何だ燃えるって」

 甚雨が「生徒会室で二人きり」というフレーズに怪しげに目を光らせた。青春っぽい!などと口走っている。

「……フォローするつもりはないが、好きが爆発するぐらいの意味だと思う」
「宇治川、このストーカーの代わりに副会長をしてくれないか」
「おい甚雨、断れなくなったじゃねぇか」
「テヘ」

 わざとだ。甚雨の顔を見て、ようやく思った。副会長はしたくないものの、西条の思い通りになるように誘導しやがった。
 西条がジュースを買ってさっさと戻っていくのを見送って、甚雨はにっこりと笑った。

「悪いね。りょうは公約を果たせない。その時にやさしく迎え入れる場所に、僕はなりたいんだよ」

 高校生らしからぬ大人びた顔をした甚雨に、なんだかとても拍子抜けする。俺も西条も、こいつに操られてるんじゃないかと空恐ろしくもなる。

「……なんでそんなに西条のことが好きなんだ?あそこまで冷たくされてさ」
「りょうは昔から綺麗だった。本当に昔から、好きだったんだ。同じ時代に生まれたんだから、きっと運命だ」
「壮大な話だな。前世の記憶でもあるわけ?」
「まぁね。……宇治川、振り向くなよ?お前の後ろに飯野先生がいる」
「えっ」

 甚雨の忠告空しく、俺はすぐさま振り返った。僕は戻るから、なんて甚雨が言うのを聞き流して、飯野先生の唇がかすかに「宇治川くん」と形作るのに見惚れていた。

「宇治川くん、あの、さっきはごめん。元気出してね。これ、あげるっ」

 あぁ、可愛い。宇宙一可愛い。

「ありがとうございます。俺、生徒会の副会長するんすよ」
「本当?頑張ってね!」
「はい」

 なんでこんなに、気にかけてくれるんだろう。すっげぇ好き。
 飯野先生は、ふんわりしたドレスが似合いそうだな。って、甚雨に毒されすぎか。

「先生、宇治川くんが誰かと仲良くしてくれて嬉しいよ。恋愛相談も聞いちゃうからね!」
「……はい」

 脈のなさでは、甚雨のこと笑えねぇなぁ。西条なら何かアドバイスくれるかな。
 いつの間に、学校での知り合いがこんなに大事になったのだろうか。生徒会なんて、柄じゃないんだけどな。まぁいいか。友達のためってことで。