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永遠少年症候群

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十年間

 どうして書き続けるのかと問われたら、私はなんと答えるだろう。
 約束なんだ。
 そう言うかもしれない。

 だけどそれは理由の一つでしかない。
 文字が、言葉が、映像が。寝ても覚めてもチラつく、胸の奥底の燃え盛るようなものを吐き出す術を、私は文字にすること以外に知らない。
 そんなことを、同じ熱量を持たない人に言うのはなんとなく気恥ずかしいから、私は嘘の理由を外に求める。
 でもきっと、この熱量はあなたも同じなのではないか、そうならば嬉しい。

 十年というのは長いのか、短いのか、わからない。出会った頃の私では年齢の半分以上であるし、今では年齢の半分以下である。さて長いのか、短いのか。
 メールでお互いの誕生日を祝うことが、仲がいいと呼べるのかもわからない。
 だけど、確かに十年もの間交流が続いていて、それがかけがえのないものであることも確か。

 私は薄情者なので、どうしてそういう話になったのか、どうしてそこまで仲良くなったのか、いまいち覚えていないし、情報が残っていないほど古い話。
 たった一つの約束は、何年経っても誰との会話よりも心の一番深くにあるのだった。

 私は今、かつてあなたがそうしたように、ノンフィクションとフィクションを織り交ぜようと苦戦する。
 いっつも追いかけている。
 きっとついて行くだけのつもりで、「共に」に人偏を書き加えたあの日のように。

「咲月ちゃん、この人の作品はね、読むべきだよ」

 クラスメイトの咲月ちゃんは、大きな瞳をしばたかせて私が押し付ける携帯を見た。

「あー、ここ、リンクはってるとこね」
「そうそう」

 変に凝った私のサイトとは違う、シンプルなケータイサイト。そうして私は、授業用のルーズリーフに絵を描く。リーガルは、こう――目つきが悪くて、ハーフコートで、スノーは――。

「ふーん、面白いんだ」
「そう、その人はソンケーしてる」

 実は今でも、尊敬、というほど、簡単な言葉で表せられるものではない。
 その文体と描写に恋をして追い続け、憧れと同時に悔しさに苛まれる。この気持ちは、一言では表せられない。

 咲月ちゃんに紹介してほどなく、その憧れと悔しさと恋した文体は消えてしまう。
 高校の寮でなんでやねん! って言ったと思う。関西人じゃないけど。

 やっぱり咲月ちゃんに登場してもらって悪いけど、思い出を拾い集めよう。この調子で十年分は長すぎる。

 大学生になった私は、初めて自分のノートパソコンを買い与えられ、とりとめのない様々な言葉を検索した。そうして、ふと思い出したサイト名も入れてみた。
 その時の驚きと感動は、今でも覚えてるしあなたの肩を揺らして伝えたい。
 とりあえず、掲載されているものをすべて読み、それから久しぶりです! と書き込んだ。思わず息をとめていて、送信ボタンを押す指が震えた。

 思えばよく世間知らずな女子高生が書く感想に丁寧な反応をくれたものだと思う。今となってはそれらが残ってなくてよかったとも思う。
 私も移転を繰り返し、サーバーや掲示板が変わり、どのような会話をしたのかまったく覚えていない。本当に薄情者である。
 そんな私でも、覚えている書き込みがある。
 成長したなぁ。だった。
 息を止めて送信ボタンを押す指が震える中、私は自分のサイトのURLだけはしっかり入力していた。そのリンクから訪問してくれたのだろう。というかそれしかない。このつながりというのは、お互い連絡を取ろうという意思がなければぷっつりと途絶えてしまうような頼りないものだ。
 とにかく、今はなき掲示板の初めての書き込みは成長したなぁ、蒼さん。だった。それだけじゃないけど、それは、すごく嬉しかったから覚えてる。
 大学生になっていたし、何より、高校生の頃より文章力も少しは上がっていたと思う。そのときは、たぶん後者の意味で書いてくれたんだと理解した。自分は後ろ向きな性格だと思っていたがそうでもなかったようだ。

 それから、緩やかな交流は「返信不要」と書いた拍手で続く。
 お互い返信不要と書かれても返事を書くので、これは意味があるのかと思ったこともあるけれど、忙しい社会人に返信は手間だろうと返信不要を添える。……たまに興奮した感想の時は忘れてたかもしれない。
 そうして交流はお互いの私生活のことにも広がる。私の感情が揺れた時、日記に書きこむと相談に乗ってくれる。一緒に喜んでくれる。一緒に怒ってくれる。ほとんどは私にとって嬉しい言葉だったけれど、時には私にも愚痴をこぼしてくれる。実は、いつも私の悩みに付き合わせていたので愚痴をこぼしてくれた時はけっこう嬉しかった。

 恋がしたいと日記に書き込んだのは、最低な恋愛が終わった後だったと思う。まともな恋愛がしたかった。
 そうして、件の、珍しい恋愛ものが書かれていた。それは今までのダークファンタジーと呼ばれるものとは一味違うもの。
 童顔美女(※美女とは書かれてない)、これ私だ。
 私が恋した文体が、憧れと悔しさをもって心臓を掴みにきた。ぎゅっと心臓をわしづかみにされてしまうほどトキメキに免疫がなくなっており、一晩ベッドの上でジタバタしていた。好きだ! 結婚してくれ! って思った。
 結婚してくれと思ったけどプロポーズしなかったのは理性があったからだけどそれ以上に理由がある。恋心じゃないからだ(性別すら知らないっていうのもある/笑)。だって、やっぱり「悔しい」の方が強いのだ。私もそんなのを書きたい。どろどろとした何か勢いのある熱が文字の羅列となって、お腹の底から指先に流れていくようなイメージがあった。
 書き続ける。そのことが、より強固な意志となって心の中に突き刺さった。何か刀を、打ち直したようだった。より硬く、より鋭く。
 そうなった私は強いよ。
 長くてとにかく自分の思いだけを書いた感想を送って、私がモデルだなんていう嬉しいお言葉をいただき、私は勝手に続きを書いた。だから実のところ、触発されて書いたと日記で紹介した「秘密のさよなら」は触発されて書いた二本目の掌編である。まぁとにかく「君に落とされる・続」を書いて、冷静になって、これはサイトに載せないぞ! と注釈をつけて保存した。これを堂々と載せるほどは強くなかった。
 ただそれ以来、2週間以上何かを書かなかったことがない。

 誕生日を祝うメールを送ったのは、いつだっただろう。なぜメールアドレスを交換したのだろう。
 昔、閉鎖した方のサイトのブログに誕生日であったことが書かれていた。そんなことを覚えていたのは、高校生の頃好きだった人と同じ日で、忘れたくても忘れられない日だったからだ。
 結果として、苦い片想いの思い出の日を友人の誕生日として上書きできた上に私の誕生日も律儀に祝っていただけるので、始めに自分の記憶を疑いつつもメールした自分、グッジョブとしか言いようがない。
 そう、その次の私の誕生日には、お祝いのメールが届いた。
 それから毎年、お互いの誕生日だけに送るメール。あまり馴れ馴れしくてもいけないかとシンプル(なつもりの)メールを送る。
 これはサイトに載せないぞ、と思った話は、誕生日にメールで送ろうと思った。しかし、送れなかった。そのメールは今もスマホに保存している。こんなものを送りつけて怒る人じゃない。だからこそ、どう思われるか怖かった。
 それなのに。それなのに、だ。次の私の誕生日、まさか「書いたけど送らない」ということを、同じことを、してくれるなんて思ってもみなかった。
 しかも、結局送った勝手な続きにまた続きが付くなんて、誰が想像しただろう。まぁ、想像も何も私達しか知らないんだけど。

 私は今、昔々に時系列表などを作りたいと打診して快諾してもらえたことを思い出し、時系列表を作っている。データベースも作ったが、まだ中途半端だ。
 前は黒かったんだよな~ってことで、黒背景。さすがに配置は覚えてないから鏡のように配置した。
 こんなもので喜んでもらえるのだろうかと思いつつ、作業が楽しく、今年の誕生日プレゼントはこれだな、と自己満足している。

 時折、私には名言がふりかかる。
 辛いときほど笑っとけっていうのは、今でも泣きたくなったら思い出す。
 落ちた先がどこに続いているかわからないんだっていうのは、恋に臆病になったら思い出す。
 書き続けましょうという約束は、一番大事に胸にしまってある。

 十年。思い出せばきりがなくて、ずーっとずーっとあなたの文章に恋をしていて。
 これからもそうであるように。
 そして、今年も良い年を重ねられるように。
 ずっと祈っています。
 書き続けましょう、共に。

十年間――完

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