永遠少年症候群

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日本のはやて

 朝彦は目に入れても痛くないほど可愛かった。それはもう、とてもとても可愛かった。
 さすがに何でもいやいやと言う時期や蔵之介にはなかった反抗期では小憎たらしく思う時もあったが、健康に育ってくれただけでも嬉しいものだ。
 一方で蔵之介とあやめもまた子のように接して、すっかり婆気分となっていた。正重のことを忘れたわけではなかったが、以前のようには探してはいなかった。
 朝彦は三年前、齢十七で兵役に当たり、昨年戻ってきた。蔵之介は抽選で当たることはなく、丸二年間大きな戦の話はないとしても朝彦の無事を祈りどぎまぎと過ごしたものだ。
 それからは平凡な日々も大切にすごし、その日も平凡な日々の一つとなるはずであった。日が暮れた後の来客は、予想もしていないものであった。

「はやて、おりまするか?」
「……サクラ!?」

 その恰好は、憲兵のような恰好であった。ただし、なにやらゴテゴテと飾り付けられ、憲兵とは似ても似つかない。

「生きておりましたね、重畳重畳」

 相変わらず美しい瞳が、にやりと細くなる。

「はやてさん、知り合い……?」
「……あぁ、蔵之介。これまで、家を建ててくれたのも、大学へ行かせてくれたのも、コーヒーのことを教えるように取り計らってくれたのも、この人だ」
「まぁ、わらわを人だなんて」

 サクラがくすりと笑う。

「あ、あの、ありがとうございます」
「……それで、何の用だ。あ、蔵之介、こやつと二人にしてくれ――」
「はやて。戦にございますれば、その身でこれまでの借りをお返しなさい」

 サクラはわざとらしくわらわの言葉を遮り、一気に言った。どうせそんなところだろうとは思っていたが、随分と性急だ。
 しかし戦か。最後にクナイを持ったのは、蔵之介と初めて出会った時だ。もう三十年以上も前の話。
 できるだろうか。いや……、できるできないではなく、やるのだ。

「借り……。あのっ、金なら、このカフェーで稼いだ金があります!」
「お金の問題ではございませんの。わかるかしら」
「蔵之介、大丈夫だ。この者の言葉は、天皇陛下の言葉と同義だ。答えは御意、ただ一つ」

 蔵之介の顔が青ざめる。

「僕のせいで……?」
「違う。……だから聞かせたくなかったのだ」

 恨めしくサクラを見ると、サクラはつんとそっぽを向いた。絶対にわざとだ。
 今にも倒れそうな蔵之介を支えた朝彦を見遣る。

「はやてさん……」
「朝彦、蔵之介とあやめを頼むぞ」
「……はい……!」

 ほこりをかぶっていたクナイを引っ張り出し、子どものようにむくれる蔵之介と再会の約束をしてサクラについて出て行く。
 これでいい。こうしないと、蔵之介もあやめも、朝彦も危ない。わらわが戦に出れば、きっと朝廷が守ってくれる。
 明るい夜の中を、自動車がひた走る。

「我にも軍服をくれ。普通のでよいのだが」
「当たり前です。これはわらわのための特注品にございますれば」
「そうか」
「久方ぶりの外にございまする」

 サクラが自動車の窓を開け、夜風に当たるのを楽しんでいる。

「貴様が来るとは」
「陛下も、わらわを持て余しているようでしたから、手伝うと申し出たのでございます」
「何かできるのか?」
「関ヶ原でも活躍しましてよ」

 そう言われてみれば、出くわし会話したような気もする。夢かうつつかわからなかったが、あれは現実だったのかと今更ながら合点がいった。
 狭い車の中で軍服に着替えさせられ、東海道を自動車が走り抜けていく。
 潮の匂いがしてきた頃、サクラはなびく髪を押さえて、月が照らした戦艦を指差した。

「あれに乗り、英国領マレー半島へ向かいます」
「……随分と、大きいな」
「そうそう。もしもわらわがあちらで灰になるようなことがあれば、一掴みの灰に両手いっぱいの血をかけてくださいまし。純血種はそれで復活できるのでございます」
「純血種だけか」
「えぇ。はやては、気を付けるほかありませんから、油断してはなりませんよ」

 自動車から降りると、バタバタと兵隊が走ってきた。

「サヴァレーゼ大将ですね、こちらであります」
「……大将?」
「わらわは、陛下の右腕にございますよ?」
「足手まといではないのか……」
「はやてはあっち。侘美浩少将の第十八師団に入れてもらいましてよ」
「たくみ……? じゅうはち? ちょ、サクラ! サクラ!!」

 それじゃあ、とサクラが優雅に手を振って歩いて行く。引っ張り出しておいて、知らないところへ投げ込むのか。もしも灰になるようなことがあれば、と言ったが、一掴み集めきれなければどうするつもりなのだろうか。
 あっち、と示された船は、無骨な色ではあったが、戦艦とは違った大きな船。貨物船のようだった。
 侘美少将に挨拶すると、彼はじろじろとわらわを見た。

「もう出航なのだが、何かご用ですか?」
「夜しか動けぬが、戦力になると……思う。好きに使ってくれ」
「……ええと、これに乗ると?」

 サヴァレーゼ大将の、と近くにいた兵士が耳打ちした。

「……あぁ、そういえばそんな話が……。しかし、船に女を乗せるのは……」
「海が荒れるかもな」
「あ、失礼。大将殿に逆らうわけでは……。それにしても、大将殿は何を考えていらっしゃるのか」
「……さぁ。長い付き合いだが、何を考えているのかなど考えるだけ無駄でありました。ただ、我は江戸の昔より豊臣に仕えた忍び。夜戦しか手を貸せぬなりに、働きましょう」

 侘美少将は、信じていないような笑顔で少し肩をすくめた。

「期待しておきましょう。どうぞ、我々が乗るのはこの淡路山丸であります。男所帯ですから、艦長室をご自由にお使いください」
「ありがとう。しかし、我はサクラと同じく日光が大敵。これは、元は貨物船であろう。船底近い貨物室を借りたい」
「いいですが、桜が、日光が大敵とは?」
「花ではなく、サクラーチー・サバレーゼだ。サクラと呼んでいる」
「あぁ、サヴァレーゼ大将でありますか。横文字よりもその呼び方の方が親しみがありそうですな」

 発音ができていないので略して呼べと言われたとは言えない。
 侘美少将は貨物室に案内する前に、艦長室で作戦を教えてくれた。サクラが放り込んだとはいえ、わらわの階級など最下層であろうに丁重に扱われている。作戦は、マレー半島という日の本より南に位置する半島へ上陸し、英国軍が牛耳っているコタバルという街を制圧するというものだ。
 街丸ごとを制圧するとは、昔とは違って随分と大規模な戦のようだ。
 作戦の説明があった後、わらわは宣言通り貨物室を寝床にもらった。貨物の中でも、砲弾の傍は近付かないように言われたため、占領後に使うという物資の上で寝ることにした。
 サクラは、人を襲ってはいないだろうか。正直なところ、それが最も不安であった。

『間もなくコタバルへ上陸する。我々は第二次上陸部隊となる』

 どこからともなく侘美少将の声が聞こえてきて、外を窺う。あたりは暗い、夜のようであった。
 走って艦長室へ向かうと、侘美少将が疲れた顔で出迎えた。

「はやてさん。もうすぐ上陸でありますので、準備を」
「少将殿についていく。我が仕事はおそらく、少将殿を守ること」
「……そうでありますか」
「第二次というわりに、他の船はないようだが」
「予想外に抵抗が激しい模様でしてね」

 そのような会話をしてすぐに、錨がおろされて上陸作戦が始まった。夜闇に紛れての上陸は、簡単に終わるはずであった。
 船から降りた後も揺れているような奇妙な感覚に顔をしかめていると、どよめきが起こった。

「少将殿、前方に敵軍トーチカです!」

 トーチカとは、と尋ねる前に鋭い痛みが太ももを貫いた。火縄のことか。
 侘美少将の前に転がり出ながら素早く印を結び、金遁の術で弾をはじいていく。血が足りず、全てを覆うことはできずに兵士たちの断末魔が聞こえてくる。

「はやてさん、これは」
「船に戻れ!」
「総員、船に――」

 その時、であった。ゴオッという音と共に飛行機が上空より火縄を放ち、先程まで乗っていた淡路山丸に命中した。火縄の射撃間隔が以前に見たことがあるものよりも随分と早く、船は瞬く間に穴だらけになっていった。

「はやてさん、あちらの、綾戸山丸へ! 間もなくガソリンへ引火します! 総員、綾戸山丸へ退避! 一時撤退する!」

 倒れ伏す大量の兵士を踏まないようにと気を付けながら侘美少将と共に指示された船へ走る。
 瞬間、鼻孔をくすぐったのは、血の香り。濃厚な血の香りに包まれ、頭をがつんと殴られたようにくらくらした。思わず立ち止まると、少将殿も立ち止まりわらわの腕を掴んだ。

「はやてさん!?」
「……行け。我は、残り、あの火縄を止めておく」
「そのようなこと」
「サクラと同じであると言うただろう! 血が足りぬ。貴様らを襲い、血を吸い尽くしてしまう!」

 その時の少将殿の顔は、えも言われぬものだった。

「化け物なのだ。死ぬことはない。行ってくれ」

 同じように火縄の的となったらしい綾戸山丸へ駆けていく背を見送る。凄まじい勢いで燃え盛り海へと沈んでいく淡路山丸は、夜空に赤く美しかった。
 兵士がトーチカと呼んだ小屋に穴が開いただけの火縄の射撃場が静まり、英国の軍人らしき男たちがわらわらとやってくる。大隊長をはじめとする遺体を海に蹴り落としていくのを見ていると、一人がこちらへ気付いた。何か言っているがわからない。ゾセフの血が混じっているのであるからわかるようになるのかとも思っていたが、そうでもないようだ。
 いつであったか、言った覚えがある。戦とは、此方も彼方も己に正義があると思っていると。わらわが今まで血を飲んだ人間は、強盗などの悪行を働くものばかりであった。しかし目の前の異国の兵士は、悪ではない。己に正義があると思っている者だ。
 この者の血を飲んだら、きっと。もう、見境なく血を飲む本当の化け物に。動物だからいい、悪人だからいい、異国人だから、いい。そうして徐々にわらわの中の人間と吸血鬼の境界が緩んでいくのであろう。
 鼻先を、濃厚な血の香りが抜けていく。
 目の前の兵士の腕を掴み、引き寄せる。彼は口笛を吹いてわらわの腰に腕を回した。その首根っこにつかまり、首筋に唇を這わせ、噛みつく。じわりと血が滲み、もう一度強く噛むと鋭い牙は太い血管に穴を開け、血がどくどくと喉を潤していく。蔵之介と過ごすようになってから初めて飲んだので、人一人分吸い尽くしてもまだ足りない。
 逃げ出す兵士に簡単に追いつき、一人、また一人と血をいただく。最後の一人が逃げ込んだ石造りの建物が、おそらく兵士たちの寝床であろう。戸を叩いても出てこないので、火遁の術で焼き払った。かつて見た甲賀衆の火遁に近付いていた。

「……さて、もう上陸可能であるぞ、少将殿……」

 その時会っても、どのように港を制圧したかは聞かないでほしい。
 火縄の射撃場に戻る。小さな窓と大きな射撃穴がある以外は石で覆われており、昼をやり過ごすにはちょうど良い場所であった。
 かつて見た火縄とは大きさも、おそらく威力も違うのであろう、冷たい鉄屑に寄り添い、金遁の術で穴を塞ぐ。すると、大きな火縄の鉄がずるずると溶け、金遁の術の金属に混ざり合った。
 疲れた。満腹になった。わらわはもう、正真正銘の化け物だ。そう思うと、涙があふれた。同じように、もう化け物だと泣いたときは、正重が拭ってくれたのに。
 ふと物音で目が覚めた。泣き疲れて寝ていたらしい。最近このようなことばかりで、寝ようと思って寝ることがないような気がする。
 何者かがトーチカの中に張り巡らせた金遁の膜を叩いている。地面近くに穴を開けて外を窺うと、わずかに日光が差し込み慌てて穴を塞ぐ。

「何者だ!?」
「あ、やはり、はやて殿でありますか! 侘美少将より伝言であります。港は無事制圧。夜、飛行場への制圧に手を貸してほしいと」
「夜ならば行けると伝えてくれ。日がのぼっている間はここから動けん」
「伝えます」

 ふうっと息を吐く。改めて寝ようと横になると、地面は硬く、寝れそうにもなかった。それでも横になったまま目を閉じる。飛行場制圧は、できればはやてとして行いたい。化け物ではなく、散舞の忍びとして。
 何時間経っただろうか。再び金遁の膜を叩く音で目が覚める。

「はやて殿、日没であります」
「ん……」

 伸びをすると、背がばきばきと音を立てた。念のため穴を少しずつあけていくと、あたりは薄暗く、じめじめした冷たい空気が身を震わせた。

「案内します」
「頼む」

 雨具などはない中、ひどい雷雨にまぎれて飛行場へ近付いていく。夜にまぎれての飛行場の制圧は比較的簡単であった。元々は港で侵攻を食い止め、その先まで侵攻が進んだとしても船を沈没させたように上空から殲滅させていくのであろう。灯りをつけていた船ならともかく、徒歩で闇に紛れて向かった兵士たちには対応しきれなかったようだ。
 ほとんど出遅れたかたちとなったわらわが到着したころには、既に侘美少将は制圧に成功していた。

「はやてさん……!」
「ご無事だったようだな」
「お陰様で。……次は、市内制圧、占領であります。明日のイチイチマルマルに作戦を開始するので、はやてさんの出番はありません。先に、その次の説明をします」

 侘美少将は何も言わず、淡々と次の作戦について説明した。次に制圧する町はクアンタンというらしく、上陸したコタバルからは江戸と尾張くらいの距離らしい。
 そのクアンタンを制圧した後に第五師団や近衛師団に合流するという。サクラは近衛師団にいるのだろうか。
 蔵之介やあやめ、朝彦は元気だろうか。
 飛行場制圧の翌日夜、言葉通りクアンタンへの出発が言い渡された。
 わらわは数名の兵士で編成された先発として夜の間に先に進む班に配属され、コタバル市内制圧の二日後に出発することとなった。戦の最中とは思えない田舎の風景に、日の本に残してきた者の話をしながら進んでいく。

「正月は山の中だな」
「俺達の班は、まだ華がある方だ」

 班長がぶっきらぼうに言うので、ぷっと噴き出す。

「我が華?」
「何を言ってる。道中星が見えるからだ」
「言ってくれるではないか」

 クアンタンを目前に控えた日に、年が明けた。正月だというのにマレー半島は日の本の秋口くらいの涼しさで、少し湿気が多いが快適に進んでいる。
 半日遅れでやってきた侘美少将らと合流し、クアンタン制圧に向けての会議が開かれた。わらわはテントの中でごろごろしていたが、日没後には、要所を叩いてほしいとだけ侘美少将に伝えられた。随分と命令が簡素になっているのが気になったが、適当にうろついて英国軍を端から片付けていく。最近は火縄が主力となっているのか、突然現れたわらわに風魔の下っ端のように混迷を極めていた。
 吸血鬼としてではなくはやてとして兵士と相対するのは、心持ちも軽く、使命を果たすのが楽しくもあった。相手が悪人でないということは、言葉が通じない以上考える必要はないように思った。少なくとも、そう思っていた。しかし、そのような考え方、『人間』はしないのだ。わらわは人を殺しても何も感じないことにすら気付かずに、クアンタン制圧の一翼を担っていた。
 制圧後に再び南へと移動していく。主力隊との合流を果たすと、一人だけ嫌にきらびやかな女が駆け寄ってくる。顔を確認するまでもなく、サクラだ。

「はやて! そちらは大変であったようでございますね」
「まあな。貴様は汚れ一つついていないんだな。近衛師団の苦労が偲ばれる……」
「まぁ。失礼なことを言いますね」
「貴様……、道中、食事はどうした?」
「本来、食事はほとんど要りませんから……、まだ一度もいただいておりません」

 よかった……。近衛師団の面々が半数近くまで減ったというようなことがあればどうしようかと思っていた。というより、檻の中で血を吸っていたのは本来は特に必要のない食事……おやつということだろうか。
 まったく、見直すたびにがっかりする奴だ。

「このままシンガポールまで侵攻し、その後戻りましょう。ほこりっぽくて嫌になりました」
「シンガポールとはどこだ」
「南にございまする。はやて、どういたします。十八師団か、近衛師団か」
「十八師団に決まっているであろう。貴様なんぞと一緒にいたら身がもたぬ」
「まぁ」

 サクラに背を向けると、サクラのキーキーとやかましい声が追いかけてきた。

「餌場があっても教えてあげませんからねっ」
「それで結構」

 侘美少将の元へ戻ると、少将は疲労の色も見せずに次の作戦についての会議を開いた。十八師団は、徒歩での移動なので自転車などを使っている隊に後れをとるようだ。
 シンガポールについたのは、二月。蔵之介たちを置いて旅立ち、丸二ヶ月が経っていた。日の本の軍隊は主要な陣営地を次々と奪っており、戦況は有利に思えた。
 わらわは相変わらず夜襲班に配属されており、次の奪取を目指す高地へ向け進んでいる途中だった。

「姉さんは、大将さんと仲良いんだな」
「……あの大将殿に借りがあるんだ。家族の命がかかるほどの借りが」
「まぁ、そうじゃなきゃ女だてら従軍なんてないか。……つっても、従軍って普通看護とかじゃねーのかね」

 班員とはだいぶ打ち解けてきた。次の要所も簡単に奪取できる。妙に楽観的にそんなことを思ってしまっていた。

「うわああああああ!」

 けたたましい砲撃音と絶叫がこだまし、突然、隣にいた兵士が倒れ込む。班員の頭を押さえ、伏せさせてから前に回り込むと、ドスドスと腹や肩に穴があく。

「痛い……」
「何やってんだ!」
「あちらに塹壕になりそうな場所があっただろう! 戻れ!」

 倒れ伏した兵士を置いて、少しだけ戻る。と、かばった班員はわらわを見て顔を引きつらせた。

「あんた……撃たれてたよな?」
「……気のせいだろう。この通りピンピンしている」
「撃たれてた。俺達をかばって。なのに、なんで」
「化け物……」

 どこかで、ひそりと誰かが呟いた。

「そうだよ。こんな、普通の人間の女だったらこんな戦争なんか来れるはずない!」
「……」

 その目は、恐怖に染まっていて。
 一緒に、戦っていたはずなのに。

「……」
「否定しないんだな、姉さん」

 共に笑いあった班員くらいは、この班長のように、普段通り接してくれると思っていた。いや、本当はおそらく、班員の反応の方が正しいのだろう。班長は困惑しつつも、わらわを真っ直ぐ見つめた。この人に迷惑はかけられないな。

「……班長、どうやらここまでのようだ。近衛師団にでも合流させてもらう」
「道中、楽しかったぜ」
「……さらばだ」

 わらわは少し戻り、十八師団が砲撃により動けなくなったことを伝えた。状況は一転し膠着状態となり、お互いに火縄を撃ちあうだけの忍耐比べになっていった。
 それらを背に近衛師団が陣営を置く場所へと向かうと、サクラは相変わらずのお姫様待遇で何か温かそうな飲み物を飲んでいた。

「あら、暗い顔」
「……身を挺して守ったのに化け物と言われてはな」
「人間など守るに足りないでしょう」

 サクラが、鼻で笑う。

「蔵之介という子どもも、わらわからの贈り物がほしくてはやてを利用しているだけではなくて?」
「……ひどい、ことを言うんだな……」

 まさか、わらわを連れてきたのはこうなることを予想してのことなのか。

「はやて、ここはもう大陸。わらわの国へ帰れます。一緒に来ませんか?」
「……なんと。逃げるのか」
「帰るのです」
「しかし貴様は今、政権の象徴であろう」

 サクラがにんまりと笑う。

「人間など、守るに足りないのですよ?」
「そんなことわからない」
「人間に利用されているだけでございますよ。はやても、わらわも」
「そんなはずない!」

 クナイを取り出すと、サクラは息をのんだ。

「わらわは不死ですよ。脅しにもならない」
「そうでもない」

 右手に握ったクナイで首を刎ね、左手に握ったクナイで心の臓を一突きする。サクラは悲鳴を上げ、灰になっていく指先に目を瞠った。

「なぜわからぬのです」
「貴様こそ、なぜわからない。我は……、日の本の者なのだ」

 サクラが最後に叫んだ言葉は、母国語のようであった。しかし、何と言ったのかはわからなかった。
 サクラの灰をかき集め、空にした水筒に詰め込む。蓋を閉め、近衛師団が所有する船の船底にもぐりこむ。あとは、帰るだけだ。疲れを癒すように目を閉じる。サクラの言葉がぐるぐると頭の中をめぐっては消えた。
 やがて、寝ている間に英国軍の降伏があり、わらわは目論み通り船に隠れている間に日の本へ戻った。
 深夜につくと、カフェーきららはしんと静まり返っていた。水筒を握り直し、戸を開ける。と、バタバタと慌てたような足音が響き渡った。

「はやてさん!」

 数ヵ月ぶりに見た蔵之介は、泣きそうな顔で駆け寄ってきた。

「よかった! 無事で……。よかった……よかった……!! はやてさんが行ってすぐ、日本が宣戦布告したって報道があって……」
「蔵之介さん、どうしたの? あら、はやてさん。ご無事でしたのね。今、お風呂を沸かします。朝彦、おばあちゃんが帰ってきましたよ!」

 蔵之介とあやめが右往左往する中、朝彦もひょっこりと顔を出した。

「二人とも、落ち着いて。はやてさん、おかえりなさい」
「おかえり、はやてさん」
「おかえりなさい」

 三人に囲まれて、やっと帰ってこれたのだと涙腺が緩んだ。

「……ただいま、帰りました……」

 きっと、これが、家族だ。わらわが三百年、手に入れられなかった、家族だ。