永遠少年症候群

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カフェー

 蔵之介がわらわの背を追いぬこうというある日、サクラから荷物が届いた。荷物と、中年の男だ。
 これまでも蔵之介の学生鞄や服、食糧など、時折サクラからの荷物は届いていたが、人間が届いたのは初めてだ。

「はやて様で、間違いありませんね? これと、これの使い方をサクラーティ様より伝えるように仰せつかって参りました」

 それは、何か黒い豆だった。嗅いだことのない香ばしい香りがする。

「これはコーヒー豆と言います。これを焙煎してコーヒーという飲み物を……」
「コーヒー? 横文字は苦手だ。蔵之介、聞いておいてくれ」
「わかった」

 数刻後、蔵之介が神妙な顔で茶色がかった墨汁のようなものを持ってきた。豆から匂った香ばしい香りがさらに引き立っている。

「これが、コーヒーだって」
「毒ではあるまいな」

 ……飲んでみると、苦みと渋みでとてもじゃないが飲めたものではない。しかし、後味がなんともいい。

「僕、お店しようかな。このコーヒーを出す店のこと、カフェーって言うんだって。やる気があるなら、あの人が仲介してくれるって」
「……」

 いつのまにそんなに成長したのか、蔵之介はすっかり夢を語る青年の顔をしていた。カフェーは確か、昼間しか営業していないので入ったことはないが江戸改め東京でもよく見かけた。繁盛しているようであったし、サクラからの厚意を断る道理はない。……後が怖いが。

「……いつまでもサクラに頼っているわけにもいかぬし、食い扶持を稼ぐのはいいことかもな」

 その一言が決め手となったのかは知らぬが、この日から蔵之介はせっかく通わせていた――これもサクラにおんぶにだっこであった――大学を中退し、カフェーを開店するために奔走する。

「……というわけだ。暇があれば立ち寄ってくれ」
「喫茶ですか」

 間藤進一郎は、ぐちゃぐちゃと書きつづった紙を眺めながら言った。
 研究の進捗を聞きに度々訪れるようになると、進一郎は徐々に素の表情を見せるようになってきた。

「蔵之介を見せられた時は驚きましたが、すっかり母親ですね。俺はてっきり、父があなたと引き合わせた時は見合いなのかと思いました」
「すまぬが、心に決めた相手がいる」
「え」

 進一郎が、驚いた様子でこちらを見た。個人的な話をするのが物珍しいということかと思えば、そうでもなかったようだ。

「……『吸血鬼だから』と言われるかと」
「それもあるな。子は為せぬし、確実に貴様の方が早く死ぬ」
「えぇ。今はもう俺の方が年上に見えると思いますよ。それで、心に決めた相手って?」
「……そうだな、貴様の父君の上司とでもいうか、伊賀衆の頭領であった男だ」
「それなら、もう」
「あぁ。あいつ、死ぬ時に厄介な約束を置いていってな。次の世では、正室にしてくれるそうだ」
「生まれ変わりなんて……あるかもわからないのに」
「まぁ、長生きすることだし、あるかどうか見てみるのも面白いと思ってな。実際に、生まれ変わってから一度だけ会えた。その場所が悪く、その場で殺されてしまったが」
「え!? 会ったんですか!?」

 わらわの儚い思い出よりも、そちらに食いつくあたりわらわに興味がないのがよくわかる。何が見合いだ。

「……でも研究しようもないからなぁ」

 そう言ってまた、元の資料に目を落とす。元々は間藤繁久殿に頼まれて様子を見にきていたが、この、進一郎の花火のごとき研究への熱も、こうして度々進捗を聞きにきている理由の一つとなっている。
 好奇心に火が付いたかと思えば、すぐに消えるのが見ていて面白い。進一郎はいくつになっても精神が餓鬼のままのような奴で、今となっては蔵之介の方が年上であるかと思う時さえある。

「蔵之介の喫茶、どこですか?」
「空き家が借りられそうになくてな。住んでいる家の一階を改装中だ」
「言ってくれれば、俺の魔法の練習台にするのに」
「いや、蔵之介は普通の、魔法も吸血鬼も関係ない普通の人間として暮らしてほしいのだ。自分の手でできるところは自分でさせる」
「よく言いますね。傍から見てもめちゃくちゃに甘やかしてますよ、はやてさんは」
「多少は自覚がある」

 そういうと、進一郎はくすりと笑った。多少しかないんですか、と。

「それで、進捗はどうなのだ」
「うーん……。理論はわかったので、空間を繋ぐ穴に効率よく魔力を注ぐようにしようとしても、少し広がっただけで。やはり俺では魔力が足りないんですよ。なので、魔力の増幅の研究もしようかと」
「……そうなのか」
「父がこの方法で空間を繋げたのなら、きっと人一人くらいは通れるのでしょうけどね」

 進一郎は時々こういうことを言う。繁久殿にかなりの劣等感を感じているようであった。
 その度にふと思うのが、父親の思い出があるだけいいではないかということだ。そう思ってしまった時、わらわはひっそりと間藤邸を後にする。今日もそうして帰ることにした。

「あ、はやてさん。見て、看板できたんだ!」

 蔵之介が、木の板を彫り彩色を施した看板を掲げて見せる。そこにはカフェー きららという文字が躍っていた。このきららという店名には、わらわが蔵之介を引き取った日に見た星空がきららと輝いていたことが由来という。わらわは夜空など見る暇はなかったが、当人は――おそらくは、涙をこらえるために――星空を見ていたのかと思うと、人は同じものを見ているようで全く違うのだなと感じる。
 本格的な洋風のつくりで建てられた家は、一階部分が土足前提で作られていたので店にするための改装は壁を取り払うことくらいであった。

「良いではないか。あとは何か油を塗らないとな」
「あ、そうか。どうしようかな。あやめちゃん、誰か詳しい人知ってるかなあ」

 蔵之介ははじめ、一人で改装し、看板も作っていた。しばらくすると、看板を作っている蔵之介に、よく話しかける声が聞こえてくるようになった。更にしばらくすると、その鈴のような声が一階を動き回り、改装を手伝うようになった。その高い声は地下にいるわらわまで届き、なんとなく微笑ましく思っていたが、まだ会ったことはない。あやめと、ただ名前を知るのみだ。

「そのあやめさんに、一度会わせなさい」
「え? 恥ずかしいよ」
「……将来のことを考えないわけでもあるまい」
「そうだけど……」

 所詮親ではないから結婚の許しも何もない、ということか。そうしてついぞ会うことはなく、蔵之介の店、カフェー・きららは開店の日を迎えた。
 初日から繁盛し、蔵之介の声と、あやめさんの声が客の声の合間に聞こえてくる。
 その日の夕方、地下から上がってみると、手を取り合って見つめ合っている蔵之介と線の細い女がいた。

「……ぁ」
「う、わ! はやてさん! いるならいるって言ってくれよ!」

 あぁ、馬鹿な子だ。
 隣の女が今、どんな顔をしているのか見えぬのか。

「……あやめさん、だな? ずっと、声だけは聞こえていたが、挨拶が遅くなってすまない」
「あやめちゃん、こちらは……えーっと、一緒に住んでいて……」
「蔵之介さん、同棲するような……恋人が……いたの……?」

 蔵之介が真っ青な顔で首を振る。わらわからすればなんと言えばいいのか考えているのだとわかるが、傍から見れば焦っているようにも見えることだろう。
 だから、会わせろと言ったのだ。

「我は……、私は、蔵之介の親代わりだ。蔵之介は馬鹿正直で、真っ直ぐな子だ。この子と、店を頼みます」
「……親代わり……、こっ、こちらこそ……!」
「……えーっと……、水を飲みに来たのだが……、丸見えだから、続きは部屋でな」
「なっ、はやてさん! 今の本当に最悪!」
「ふふっ、お母さんってそういうこと言うわよね」

 お母さん、か。
 わらわの記憶にはもう遠い存在だ。ずっと求めていたのかも、しれないが。

「あやめちゃん、暗いし送るよ!」
「ありがとう。それでは、はやてさん、また明日」
「あぁ」

 会ってみるとあっさりしたものだ。あやめを見送り、水を飲んで再び地下へともぐる。

「……留袖でも作るか」

 やがて、理解あるあやめの両親に許しを得た蔵之介はあやめを娶り、すぐに息子が生まれた。名は朝彦。蔵之介とあやめがカフェーで働く間、わらわが面倒を見ることとなった。大正十年、第一次世界大戦から二年が経った春のことだった。