永遠少年症候群

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ファンタジー、恋愛要素、ハッピーエンド多め。
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    別れ

     忍び込むと、布団に横たわる老人はまどろみの淵で微笑んだ。

    「つばき……」
    「探したぞ。随分、爺さんになったな」

     齢、七十三。桑名藩にいることを掴んだのは、最後に会ってから五十年も経ってからであった。

    「変わらない、美しい、わしの姫様」

     姿を消したのは正解であったようで、きちんとした正室をもらい、服部半蔵を継いだらしい。
     かように熱心にわらわを抱いた頃からは想像もつかない、苦労の跡が皺となっている。

    「まだかようなことを言うておるのか」
    「血を、吸って」
    「何?」
    「つばきの中で、生きていたい」
    「じじいの血など、不味くて飲めんわ」

     血は、関ヶ原の合戦で伊賀衆に噛みついて以来、飲んでいない。秘術を使わなければ、さほど貧血になることもなかった。
     三成殿やいつかは打ち首、兼久は討ち死に。十郎は老衰。
     皆、死んでいってしまう。
     わらわを残して。
     正重に並ぶように畳に寝転がる。

    「そこは日が当たる」
    「いいのだ、もう」
    「……来世こそは、つばきを正室に」
    「来世?」
    「生きていてくれ。必ず、見つけるから」

     ぽろりと、枯れたと思っていた涙がこぼれる。

    「まだ、生きろと、いうのか。正重がいない世界など」
    「必ず、また会うから」

     随分と前に聞いた、里長の言葉がよみがえる。
     ――主が転生してくるのを待っている。今は、それだけの人生だ。
     わらわは、ずっと、ずっと、待つことが、できる。
     それだけの人生。

    「……約束、しろ。必ず、転生すると」
    「あぁ、約束だ」

     起き上がり、正重が差し出す手を握る。
     生きる理由が、見つかってしまった。
     洟を啜ると、正重は柔らかく笑った。そうして、眠るように息を引き取った。

     今や唯一の知り合いであるサクラアテの元を訪ねると、小田原から江戸へ移り、変わらずに檻の中でのびのびと暮らしていた。変わらぬ姿に、少しほっと息をつく。

    「まぁ、はやて。生きておりましたか」
    「貴様も」
    「ひどい顔。血を飲んでおりませんね?」

     このような化け物でも、古くからの知り合いというのは嬉しいのであろうか。

    「先日も親友が来たところですのよ」
    「親友?」
    「エマとドロテアにございます」
    「いや、名前ではなく……どうやって?」
    「エマはどこにでも現れますし、ドロテアは魔女なのだから魔法に決まっておるでしょう」

     魔法。……という、船の種類、か?
     いや、船なら船と言うか。
     とんと見当もつかぬ。

    「はやては甲賀の秘術を見たことは?」
    「使える」
    「あれぞ、まさしく魔法にございまする。はやても魔女にございましたか」

     魔女。魔女とは秘術使いのこと、か?
     では魔法とは、秘術のこと? 秘術で海を渡れるのか?

    「そのドロテアとやらは、まだ日の本にいるのか?」
    「……江戸に住む旗本の間藤を紹介したゆえ、間藤を訪ねると良いでしょう」
    「間藤……?」
    「甲賀衆の、生き残りにございます」
    「時間はある。そのうち訪ねてみよう」

     日が当たらぬというのならば、サクラアテの檻の中が最適だ。
     背を向けてごろりと横になると、サクラアテはわざわざわらわの正面に座り直した。

    「何ぞ、あったのでございまするか」
    「何故だ?」
    「以前は来てもさっさと帰っておりましたでしょう」
    「……」
    「何か、話したいのでは?」
    「貴様は何歳だ?」
    「えーっと……三百と三十、くらいにございまする」

     自らの年が不確かになるほど。わらわの四倍半、くらいか。

    「うち五十年も檻の中で退屈ではないか?」
    「特には……。死にたく、なったのでございますか」

     そう思っていたのは、正重の横で畳に寝転んだ時だけであると思っていたが、図星を刺されたような気分だ。
     思わず起き上がってサクラアテを見ると、いつもの尊大な態度とは違った顔をしていた。

    「……吸血鬼の唯一の死因は、自殺にございます」
    「……」
    「人間は短命で、しかも脆い。それはそれは、まこと瞬く間。ゆえに、人間と心を交わすと心をすり減らし、死が近付く」

     以前、人間など動物と言い切ったのは、それは、もしかすると情が湧かぬようにと考えているのかもしれない。
     聞いた限り、サクラアテならば眷属とやらにして吸血鬼に引き込めば、少なくとも『人間であるがゆえの死』という別れはないのではあるまいか。

    「あ」
    「?」
    「あやつを、サクラアテの眷属にしてもらえばよかったのだ……」

     サクラアテは何も言わなかった。
     生きているうちに思いつくわけもない。人に噛みついてしまう度、己の人生を呪うような生き方に、引きずり込めるわけがない。

    「一生、人殺しをする人生であると思っていたが、人に好かれ、好いて、……隣にいた時間は一月にも――……もしかすると半月にも満たないが、幸せであった」

     できれば、わらわの子を抱いてみたかった。
     それを口には出せなかった。その後悔を口に出したら、また正重を追いかけたくなってしまう。

    「……そういえば、吸血鬼同士で子を成す場合はどうするのだ? 以前、貴族同士ならば方法があるとか何とか……」
    「純血種同士なら、でございますね。方法は……そこらを歩く適当な動物を殺し、互いの血を混ぜ入れるというものでございまする」
    「……今、聞いたことを後悔している」
    「その子は、その動物になれまする。わらわならば、猫」

     言うが早いか、サクラテアは猫になって見せた。十二単もかくやという豪華な着物が床に崩れたかと思うと真っ黒な子猫が現れる。子猫は悠々と檻の隙間を抜け、またこちらへと戻ってきた。えらく大人しく檻に入れられていると思ったら、いつでも逃げられるのか。
     猫の姿から戻ると裸体を恥ずかしげもなく披露し、こちらが気を遣って目を逸らす始末。長年着ていても己で着ることは適わぬのか、数枚重ねて裸体に羽織った。

    「……なんというか、愛の確かめ方は他にないのか。子は愛の結晶というであろう」
    「意外と乙女なのでございますね。女神は、きっと知らなかったのでございましょう。愛されたことがないのではないかと思うほどにございまする」
    「女神? 天照大御神のことか?」
    「あぁ、いえ、吸血鬼に伝わる創造神にございまする。女神は世界を創り、動物を創った。そうして、赤と青の人間。それから、召使の人間たち。……しかし召使たちは傲慢で怠惰につき、猫がネズミを獲るように、人間を獲るものを創った。人の心を弱らせるもの……しかしそれは体を持たず人間には見えない。女神はそれを悪魔と名付け地下へ捨て、そして次に吸血鬼を創った。これがわらわのお父様が話してくれた神話にございまする」
    「人間にも二種類あるということか」
    「んー、赤と青の人間は夫婦で、女神の親のようであったそうでございまする。特別に、親しい人間とそうでない人間というところでございましょうか。そうしてとかく疲れたと女神は寝てしまうが、その際夫婦に魔力を少し与えておりまする。これが、後の魔法使いとなるわけにございます」

     親を創ったのか。
     島を産むというのとはまた違うが、これも面妖な話ではある。

    「面白いものだ」
    「まこと、面白きものにございまする」

     サクラアテはくすりと笑った。

    「少しは気が晴れまして?」
    「多少は、な」

     この者に慰められる日が来るなど思ってもみなかった。
     しばらくうだうだとサクラアテと話していたが、やがて子どもが檻に放り込まれてきて会話が途絶えた。サクラアテの、餌だ。

    「はやてはどうします」
    「……遠慮する」

     子どもを餌にするというおぞましさに鳥肌が立つ。サクラアテは恐慌状態にある子どもを見てくすくすと笑う。
     仲良くなれたかと思ったが、やはり感覚が違う。
     このようになるには、心を殺さなくてはならない。生まれが吸血鬼か人間か、その違いは大きなものとなって立ちはだかる。

    「……そろそろ日暮れ。また旅に出る」
    「左様なら」

     サクラテアはただわらわから子どもに向き直った。天井を外して天井裏へ潜り、助けを求める子どもを見捨てて江戸城を後にする。見捨てるのであるから、わらわも同じか。
     罪悪感がある。しかしサクラアテに飢えて死ねとも思わぬ。あれが吸血鬼の……わらわ達の、本来の食事なのだ。
     江戸に、甲賀の生き残りがいると言ったか。
     ……会う気はしないな。
     闇に乗じて江戸を離れる。時に動物の生き血をすすり、生き永らえる。
     正重は随分と残酷な約束を遺してくれたものだ。
     それから幾年が過ぎ、徳川幕府の将軍が十三代目に変わった頃、わらわは人の血を吸うようになった。動物と違ってえぐみがなく、飲みやすい。山賊や盗賊などの悪人であると思えば、心持ちも少しは楽だった。