永遠少年症候群

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    ブクログのパブー……電子書籍形式。詩の投稿はこちらのみ。
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    神と勇者

     カレンのお腹が大きくなるにつれて、僕は恐怖を感じるようになった。お腹の子が人質に取られたり、傷付けられたりしたらと考えると恐ろしい。女の子だったら世界一可愛いだろうし、男の子だったら世界一強くなってほしい。
     まだ産まれてないけどもう一人ほしい。

    「魔王様、そろそろ次の段階に進みましょう。結界を張れば人間の邪魔は入りません」
    「いよいよ偽神との対決か……」

     子どもの名前、何にしようかな。
     名付け親になってもらうとしたらガーディー? 澪標の方が、カレンとの和解のきっかけになっていいかな?
     そんなことを考えていると、ガーディーの険しい顔が目の前にあった。

    「魔王様、真面目に考えていますか?」
    「うん」
    「結界は、東西南北の四ヵ所に……。魔王様、聞いていませんね?」
    「うん」
    「魔王様……」
    「うん」
    「……ディス、賢者様を困らせたらダメじゃない」
    「お腹の子が産まれるまではいいんじゃないか?」
    「……『子どもが掴まり立ちするまで』、『子どもがパパと呼ぶまで』、『子どもが自分を覚えていてくれる年齢まで』、『子どもが卒業するまで』」
    「が、ガーディー?」
    「『子どもが一人立ちするまで』……、そうして問題を先延ばしにするのですか! 魔王様! 体力はこの先落ちていく一方のはず。今から結界を張らなければ、偽神に戦う準備の時間をくれてやっているようなものなのですぞ!」

     ガーディーが怒りに満ち溢れた顔をしている。反論でもしようものなら殺されそう。

    「ご、ごめん……なさい」
    「さっさと偽神を倒せば問題ありますまい」
    「……それなんだけどさ、」
    「まだ何か?」
    「このまえ火の鳥と戦った時に思ったんだけど、僕の体めちゃくちゃ鈍ってるんだよね。アイスドラゴンを一撃で倒したような力と速さはないと思う。結界って張るのにどのくらいかかるの? その間、鍛え直したいんだけど」
    「ふむ……。結界を張り始めて、完全に異界への扉が開くまで約1ヶ月かかります。その間、わしが作る泥人形で修業してはいかがでしょう」
    「そうするよ」

     ガーディーが準備のために出て行って、カレンのお腹を撫でにいく。

    「久しぶりに怒られたよ」
    「さっきのは自業自得よ。それにしても、結界に偽神ねぇ……、ほんと、的外れな旅だったのね」
    「そうでもないさ。結局、僕が戦えない平凡な羊飼いになっていたら、僕の子どもが同じように旅して強くなって魔王になるんだ」
    「魔王の血かぁ……」

     カレンは随分大人しくなった。偶然会えば僕を襲っていた頃の苛烈さはもちろんないけど、パーティーを組んでいた頃の気の強ささえない気がする。
     信じていたものが違ったのはカレンも同じで、それが心の支えだったカレンにしたら、裏切られ続けたようなものなのだろう。幼馴染が魔王で、魔法の師匠は魔王配下の四天王で、傷付けた人達が近くにいて、挙句に信じていた英雄譚は嘘。僕も辛いけど、しなきゃいけないことがあるから考える暇もなかっただけで。

    「あ……、そういえば、ディスの装備をルコスにあげたの。服とかも預かってもらってるから、引き取ってくるわ」
    「でも」
    「……説明してくる」

     カレンはすぐに服を持って来てくれた。僕は、カレンを守ろう。様々な感情が入り乱れて、結局そこに行きついた。そのためにも、ガーディーが用意してくれた泥人形と戦う。ある程度で戦いの感触が戻ってきた。
     一ヶ月間、単純作業のように泥人形を斬っていくのはある意味疲れた。結界が完成に近づくとともに、空気がピリピリしたものへとなっていった。ガーディーによると、一ヶ月で結界をその場に定着させたあと、僕は一人で神界に乗り込まなくてはならないらしい。
     だけど、アイスドラゴンみたいに拍子抜けするくらい簡単じゃないかな。魔法使い相手なら。
     そう思って、僕はとても気楽に神界へ向かった。

    「……わぁ……」

     神界は真っ白な空間で、上も下も右も左もわからない。ただ、後ろに僕が通った扉が立っているだけだ。

    「……来たな、魔王」
    「お前が偽神……?」

     偽神は、誰かに似ていて、誰にも似ていない。平凡そうな、お面みたいな顔の男だった。そうか、元々人間だから性別があるのか。

    「もういい加減にカミサマは飽きただろう?」
    「世界は、俺のものだ」
    「いいや、誰のものでもない」

     剣を握り直して、傭兵だったころのように先手をとる。確かに首を刎ねたはずなのに、手応えがない。何度も。少し焦ってきた頃、僕の周りにナイフがずらりと浮かんだ。偽神が指を鳴らすと、一斉に僕に向かって飛んできた。いくつかナイフが刺さる。痛そうなので見ないけど、けっこう深く刺さってる気がする。
     攻撃は当たらないし、魔法で作った物理攻撃は僕に効く。手も足も出せずに負けそうな気がする。というか負ける。

    「俺が数百年何もしてないと思ったら大間違いだ。俺の魔法は万能だ。この万能空間で、お前は俺に手出しできない。そうだ。お前の部下に、お前が嬲り殺されるところを見せてやろう」

     攻撃魔法や回復魔法は、魔物から研究したものだから、そもそも僕らが知っている魔法とは根本的に違うのだ。
     どういう仕組みなのか、何もない空間にそれぞれの顔が浮かんだ。それに気を取られた瞬間、おそらくナイフがドスドスと音を立てて体に刺さった。カレンの悲鳴がこだまする。
     膝をつくと、足元に血が垂れていて眩暈がした。何かないかと探ったポケットの底に、アイテムが入っていた。

    「痛いなぁ……。攻撃くらうの、久しぶりすぎてさ」
    「弱いなぁ? もうそろそろ死ぬんじゃない?」

     油断した偽神が寄ってきて、僕を足蹴にする。その足を掴んで、立ち上がる。偽神は尻もちをついて驚いたような目で僕を見た。世界樹の葉が苦すぎて、意識を失えそうにない。幸い、ポケットにはいくつも世界樹の葉が入っていた。……こんな枚数、一体いくらしたんだろう。ルコスのやつ、僕の荷物、いくつか売りやがったな。

    「お前、自分で言ったよな。『この万能空間でお前は俺に手出しできない』……、つまり、ここから引きずり出せば手出しできる。不老不死でもないかもな?」
    「や、やめろ……」
    「へぇ、捕まえてたら逃げれないんだな?」

     抵抗する偽神をずるずると引きずって扉から戻る。と、業火の魔法が飛んできた。僕の前ではじけ飛び、偽神に直撃している。僕に当たらないからってひどい。
     カレンの猛攻撃に偽神が回復し続け抵抗していると、ガーディー達も集まってきた。避けられることはなくなったが、無尽蔵の魔力でツヅラの攻撃もすぐに回復されてしまう。
     魔法の威力も馬鹿にならない。澪標がカレンを避難させて戻ってきたところで一対多数の状態になった。ある程度回復して、僕も戦いに戻る。剣は異界に置いてきてしまったので、自分に刺さっているナイフを抜いて偽神に突き立てる。激しい抵抗にあいつつも、戦闘技術は僕の方が上らしくそれをかいくぐって攻撃する。次々自分から抜いて突き立てる。感覚が麻痺して、道具袋に入れるより取り出しやすいな、とかのん気なことを考えてしまう。

    「……貴様ら、よくも……!」

     偽神は初めて聞く魔法を唱えた。しかし何も起こらない。さらに、業火の呪文を偽神が唱えても、何も起こらない。
     偽神はボロボロのまま、自らのてのひらを眺めた。ふと、そのてのひらにしわが増えた気がした。偽神が顔を上げると、その顔はみるみるうちに老けていった。最後にはミイラのようになり、偽神は沈黙した。

    「……とどめ、刺さなきゃ……」

     ツヅラが持っていた剣を受け取り突き立てると、ドスッと音がして石灰化した骨の粉塵が少し舞った。
     1分か、10分か。長くも感じたし、短くも感じた。沈黙を破ったのは僕だった。

    「……これで勝ったの? 何が起こったの?」
    「……おそらく、ですが。魔王様の血が不老不死の魔法を無効化したのでしょう」
    「僕の血?」
    「ナイフで直接体に送り込んだようですからな」
    「あぁ……」

     勝ってみるとあっさりしたものだった。
     ただ、偽神の本気の抵抗で魔王城はほとんど建物として機能しないものになっていた。
     両親やキニアさん達にはガーディーの家に避難してもらい、数日休んで、みんな総出で魔王城を修復することにした。手作業の石積みに痺れを切らしたガーディーが戦っている時も見せたことのない本来のドラゴンの姿に戻って石を積んでいったため、予定より早く終わりそうだ。

    「みんな、お茶が入りましたよ!」
    「お母様、ありがとうございます!」

     休憩をはさめば、あと一息といったところだ。
     ぐるりと見渡す。四天王、ダリオさん、おじいちゃんと両親、キニアさんとダッシュさん。そしてカレン。随分と大所帯になったものだ。

    「これからどうしようか。思ったんだけどさ、偽神を倒したところで、人の思い込みって消えないよね? 僕、結局勇者に倒されるのかな? 神の祝福ってどうなってるんだろう?」
    「さぁ……? 勇者が死んでみないと……」
    「あの」

     カレンが突然挙手をするので、ざわざわしていた全員がカレンを見た。心なしか顔から血の気が引いているように見える。

    「私、勇者に魔法を教えてたことがあるんだけど、……勇者の訓練ってね、死んでも生き返るから本当に死ぬまで追い込んで鍛えるの」
    「え」
    「……もしも……偽神を倒したことで祝福が、消えてたら……」
    「ちょっとそれは後味悪すぎるね。相手は子どもだろ? 助けないと。連れ去るにしても、どうする?」
    「軍隊を動かされたらたまらないわ。魔王側ってバレないようにしないと」
    「それはそうだな」

     みんなで案を出し合っていると隅っこでカレンとキニアさんがひそひそ話して盛り上がっている。やがて、カレンが仁王立ちしたので、みんながまた注目する。

    「決まった」
    「何が?」
    「勇者をさらう方法。キニアさんと話してたんだけど、澪標、あんたが連れてくれば魔王の勢力だとは思われないわ」
    「わらわが?」
    「ズバリ、天使作戦よ。勇者を選んだ神の遣いを装うってわけ」

     まぁ、澪標は綺麗だし、いいかもしれないけど。

    「羽とかどうする? ていうか、澪標飛べないでしょ?」
    「飛べなくても転移魔法でふっと消えれば十分じゃろ」
    「ま、待ってくださいまし。急に現れて攻撃でもされたらどうします」
    「その時は、氷の魔法で動きを止めたらいいかと思います。動きを止めるだけ」
    「それか記憶消すか」
    「あ、勇者も記憶消せばいいんじゃない?」

     カレンとキニアさんの猛プッシュに、時間がないこともあって澪標も首を縦に振るしかなくなっていった。やがて、二人の白い服を持ち寄って澪標に着せていく。背中には羽に見えなくもないふわふわしたものが取り付けられ、即席の天使の完成だ。
     不安すぎる後ろ姿が嘘のように、正面は美しい。

    「ハリボテですな」
    「……後ろを見せたらいけないかもね。けど、直接言わないでくれよ?」
    「それくらいの分別はあります」

     なんだかんだと言って見とれているガーディーが微笑ましい。

    「それじゃあ、いい? 澪標。お城がこうあって、こっちの中庭で訓練してるはずよ」
    「わかった。い、行ってまいります」

     カレンにレクチャーを受けた澪標が転移魔法を使って消えたところで、澪標の無事を祈るしかなかった。
     数分後、澪標がゼリー状の水の玉の中に少年を入れた状態で戻ってきた。これ、両親の時も見たけど生きてるのか不安になるな。

    「……気を失っていますが生きてはいるはずです。どうします?」
    「勇者っていう記憶消せる?」
    「おそらく。でもちょっとした弾みで思い出すこともありますよ。魔王様も思い出したでしょう? きちんと説明した方が良いかと」
    「そうね。思い出して騙されたと思うよりも、きちんと話した方がいいわ」
    「それじゃ、勇者を回復させてから、こっちに引き入れよう」

     勇者は、ガリガリに痩せていて、傷だらけだった。こんな子を、よく訓練なんてできたものだ。澪標の水の玉から出てきても気を失っていたので、ダリオさんが回復魔法をかけてそのまま眠らせる。

    「……ねぇ、僕の血を入れたら、祝福が残ってたとしても消えるんじゃない?」
    「そうかもしれませんね。勇者が望むならそうしましょう」

     そうか、無理に入れたら偽神とやってること同じだよな。

    「!」

     勇者が飛び起きたので、澪標を押し出す。その前に、カレンがベッドに駆け寄った。

    「勇者、元気そうでよかった」
    「……先生……!? 先生が天使さまと一緒にいるということは、やはり僕は……」
    「あぁ、死んでないわ、勇者。よく聞いてね、ここは魔王城よ」
    「……そんな。先生も、囚われて?」
    「えーっと……、私、魔王のお嫁さんになったの。あのね……」

     カレンが真実を話すと、勇者はボロボロと涙をこぼした。

    「僕はもう、死ななくてもいいんですか」
    「えぇ」
    「本当に?」
    「えぇ。というか、もう祝福はないかもしれないから、生き返る保証がないの」

     泣きじゃくる勇者をカレンが慰める。僕はと言うと、まだ子どもである勇者に優しく接するカレンを見て、心のどこかで安堵していた。
     僕は勇者にはなれなかったけど、過去の英雄を引き継げた。魔王と言う名前で殺されることも、おそらくもうない。
     死んでは生き返り、殺されて生き返る不幸な子どもももういない。
     圧倒的な悪なんてものはなく、圧倒的な正義なんてものもなかった。

    「……僕は、世界平和を目指してるんだ。元々は、勇者を目指してたんだよ?」

     僕は今、この子にどう見えているのだろう。
     僕は、殺した相手の名前も知らず、贖罪の相手が見つからない。ならば、全人類を、幸せにしなければならない。全ての魔物を、幸せにしなければならない。

    「僕の世界平和に、力を貸してくれないかな、勇者くん」

     僕が夢見たのは世界平和。できれば勇者になって。それがダメなら、せめて勇者のパーティーとして。

    あとがき

    勇者になりたかった僕が勇者のパーティーになるまでの話、でした。

    2016/12/09公開