永遠少年症候群

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ファンタジー、恋愛要素、ハッピーエンド多め。
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    ブクログのパブー……電子書籍形式。詩の投稿はこちらのみ。
    小説家になろう……ガラケー、スマホ対応。pdf形式の縦書き対応。

    チシャ猫の裏切り

     テレビで見た故郷は、知らず涙が出る程ひどい有様だった。同郷の友人は皆士官学校を辞めて敵対する王国へ寝返った。
     友人達についていく方が楽であることはわかっていた。けれど、それで帝国にダメージはあるのだろうか? そうだ、帝国を内部から壊してしまえばいい。軍に入隊して、内部から。

     きょろきょろと見渡しながら、自分が来たのは間違いだったかもしれないと思い始めた。まさか自分がここまで方向音痴だったとは。士官学校ではずっと友人と行動していたから気付かなかった。
     隣を歩くシモン・コルッカ少佐は言葉少なに基地を案内してくれる。何故初対面のこの人が――初めに話しかけた、士官学校の先輩という少佐でもなくこの人が、自分を案内してくれるのか、少佐はその説明を省いたのでわからない。
     ふと、コルッカ少佐が立ち止まる。視線の先には、正装の大柄な男性の大佐と、同じく正装の小柄な人。男の方は腕の勲章が見えるから大佐とわかるけれど、小柄な人は向かいあっているため勲章は見えない。そもそも、男性なのか女性なのかもわからない。仕草がお互いラフだし、たぶん同じく大佐……だろう。

    「……あちらにいらっしゃる大佐にお前の案内を指示された。スナイパーだろうから任せると」

     まさか。先程の少佐との数少ない会話から、そんなことがわかるものなのか? それとも士官学校からのデータで?
     あの二人の、どちらだろうか。大佐の顔くらい覚えておくべきだったし、コルッカ少佐は覚えていると思いこんでいるのかもしれない。
     どうせ後で会うのだから同じだ。どうせなら、あの小柄な人の方が手にかけやすそうなのであちらがいい。
     ……しかし数十分後、その期待は覆されることとなる。いや、小柄な方がアリス・ウィルソン第二部隊大佐であるというのは期待通りだった。入隊式後の武術演舞の紹介で銃を手に取ったのが彼女だったからだ。
     開始の合図と共に狙撃銃を手に取ったウィルソン大佐は、凄まじいスピードで狙撃銃を正確に連射した。そして間合いを詰められた大佐はバク転しながら両手に持った拳銃を撃つ。マンガか映画の世界の話だと思っていた。すぐさま機関銃でベイル大佐を狙い撃つ。彼が投げたナイフを撃ち落とした上で。

    「……すごい」

     あんなの、人間じゃない。
     大の字に寝転んだベイル大佐を握手ついでに引っ張り起こして、ウィルソン大佐は歩き出す。それを慌てて追いかけた。
     この時から決まっていたのだろうか、自分が大佐を追いかけていく日々は。

     入隊してから一週間、朝日が照っていて飛び起きた。全身が心臓みたいだ。ドクンドクンと心音がやけに大きく聞こえる。
     遅刻だ。慌てて着替えて家を出る。走って基地に向かう途中、こんな日に限って信号に引っかかる。時計は既に始業時間を差そうとしている。左右を確認し、踏み出そうとすると大きな声で呼びとめられた。

    「おい! 遅刻はよくないが信号無視もするな!!」

     聞き覚えのある声に、恐る恐る振り返る。不機嫌そうな大佐が、ゆっくりと歩いてきていた。遅刻を許してくれた大佐と並んで歩く。
     他愛もない会話をしている途中、突然大佐がこちらをじっと見て、腕を掴む。

    「食事はきちんととっているのか?」
    「え……あ……えっと、自分、一人暮らしで……その……」
    「……昼と夜しか食べてない」

     何故こんなにも鋭いのか。言い訳をしようとしたけれど、諦めて黙って頷く。

    「君は将来、中隊を預かるエリートなんだぞ。自己管理くらいできないと……」

     大佐は携帯電話を取り出して、歩きながら話しだす。

    「ヴィンセント、新人を連れて射撃場に行ってくる。シモンとツヴァイクくんが戻ってきたら伝えといて。……ジェイド・グラッス上級大尉。…………。もうっ、馬鹿なこと言わないで! いい? シモンにもちゃんと伝えてね!」

     いつもとは違って、女性らしい年相応の言葉遣いに度肝を抜かれる。いや、違う。これは……可愛いと思ってしまった。

    「女の子らしい喋り方が素なんですか? レイス中佐と仲良いんでしたっけ」
    「あ……いや、ヴィンセントは……士官学校からのライバルで……。一応、皆の前では舐められないように……」
    「可愛いですよ」

     大佐は目を白黒させて足早に歩き出した。顔は見えないけれど、耳まで真っ赤だ。あんな人間離れした戦闘をしといて、なんでこんなに可愛いんだ。
     大佐に連れられてきた喫茶店で、何故か大佐の家で朝ご飯を食べることに決まった。それから、大佐はコーヒーを飲みながら勝手に中佐や少佐のディナーの予定を入れる。これがまかり通っているのだから軍の上下関係は面倒だ。いや、ウィルソン大佐が慕われているのか?
     大佐がコーヒーを飲みきったのを見て立ち上がろうとすると、大佐が呆れたような顔でこちらに手を伸ばす。

    「……君は子供か」

     紙ナフキンで頬についたケチャップを拭きとられて呆けている間に、大佐は会計を済ませてしまった。やばい、本当に好みのタイプだ。
     どうしよう。自分にこの人を殺すなんてこと、できるのだろうか。

     どうしよう。迷った。諜報を得意としている第四部隊の執務室まで偵察に来たのはいいけれど、戻れなくなってしまった。どうしてこう基地内は同じような建物ばかりなのだろうか。

    「グラッスくん」
    「あ! 大佐!!」

     敬礼をすると、すぐに綺麗な返礼がくる。安心したのか、迷ったと気付いてからだらだと流れていた冷や汗がひいた気がした。

    「大佐ぁ、ここどこですか?」
    「迷子もいい加減にしろよ」
    「……すいません」

     大佐はなぜここにいるのだろう?

    「この先は第四部隊だ。不用意に近付いたら射殺されても文句は言えない」
    「確かに……死んだら文句は言えませんけど」
    「そういう意味じゃない」

     大佐が少し呆れたような声を出した。

    「そうだ、GPSでも付けるか?」
    「迷子になったら迎えに?」
    「……迷子にならないようにしてくれ」

     冗談だと思った。いくらプライバシーの概念が希薄な軍隊でも、まさか本当に支給された携帯電話のGPS機能を記録されるとは。
     突然持ち歩かなくなるのもおかしいか。情報収集は絶望的だ。
     大丈夫なのだろうか。いっそのこと、軍に……いや、ウィルソン大佐に忠誠を誓ってしまおうか。

     妙なことになった。躊躇いつつも階段を上り、ドアを開けた。カチャ、という音が二つ聞こえたと思えば、大佐がご丁寧に安全装置を外して銃を構えている。

    「大佐、ジェイド・グラッスです」
    「……グラッスくんか」
    「エヴァさんに起こしてきてほしいと頼まれまして」
    「そういうのは断ってくれ」

     あくびをかみ殺した大佐は、無防備なパジャマ姿で(実際は全然無防備じゃないけど)ベッドの上にあぐらをかいている。拳銃は手放そうとしない。

    「し、下心も、ありますよ」

     それはちょっとした本音だった。たぶん大佐のことを好きなドーソン少佐より少しでも近付きたい。そんな下心を混ぜた本音。

    「撃つぞ」
    「やめてください」

     大佐がベッドからおりて、目の前に立つ。どきっと心臓が跳ねるのに対し、大佐の視線は冷たかった。

    「……グラッスくん、あまり怪しい動きを取らないでくれ」
    「そうですね、大佐に撃たれちゃいます」

     ははは、とか笑ってドアを閉めたけれど、がっくりと肩を落とした。自分は大佐の眼中にないようだ。……大佐の冷めたような視線はけっこう怖い。というか、ショックな事実だが大佐の方が背が高い。見下ろされると余計に怖かった。
     大佐がシャワールームに入って、さっきのことを思い返すと随分大胆なことをしたな、と思った。そう思ったら、妙に気恥ずかしくなって、一旦家に帰ることにした。冷たい水で顔を洗ってしまって、もう一度家を出る。
     基地へ向かう途中に大佐に会って、執務室に着くと大佐は手を叩いて少佐や中佐の注目を集めた。

    「グラッスくんの方向音痴を直せたら、明日休んでいいよ」

     いろんな人が必死に教えてくれた。……が、どれもよくわからない。方向音痴もここまでくると自分でも驚くほどだ。

    「……GPS、つけたままでいいの?」
    「毎日基地と家を往復するだけですし、やましいことはありませんから」

     きっぱりと言い切れる。この頃にはもう、アルダナの復讐なんてほとんど諦めていた。
     時折故郷を思い出して、罪悪感に気が狂いそうになっていたが、それも大佐の笑顔の前ではすぐに消え去った。大佐の瞳に映ろうと必死だった。

     ベイル大佐と大佐の再戦は、唐突にやってきた。
     二人の演舞は相変わらず人間離れしていた。隣ではレイス中佐が「うわあ」と感嘆とも呆れともつかぬ声を漏らしている。大佐の言う通り、正装でないベイル大佐は前回とは全然動きが違う。

    「やべ、かすった」

     ベイル大佐の声がここまで届く。ウィルソン大佐も何か言っているが、まったく聞こえない。
     と、次の瞬間ベイル大佐はウィルソン大佐のお腹に膝蹴りを入れ、大佐は後方数メートルに吹っ飛んだ。

    「あの野郎」

     ドーソン少佐の吐き捨てるような声が聞こえる。まともに受けるよりはいいのかもしれないが、それにしてもひどい。
     ウィルソン大佐はふらふらと立ち上がり、何時の間にか奪ったらしいベイル大佐の短剣を投げ、それを拳銃で追撃して加速させる。場内では歓声が上がり、あまり表情を変えない陸将閣下も笑っている。

    「我が同期ながらキモい」
    「かっこいいじゃないですか」

     レイス中佐が肩を竦める。話している、一瞬のうちに勝敗は決まった。追い込まれたウィルソン大佐の降参宣言。大佐は負けたけれど、たかが演武でも追い込まれたら迷いなく急所を蹴り上げる大佐にはちょっと恐怖を覚えた。
     ドーソン少佐、次いでレイス中佐が心配そうに走りだす。自分もついていく。

    「大佐、第七行きましょ」
    「そうだな……。その方がいい……。俺、吹っ飛ぶ人間初めて見たわ」
    「大丈夫だよ、ちょっとした打ち身で……」
    「大佐は女の子なんすよ!?」

     ドーソン少佐の大きな声で、周りの隊員がぎょっとそちらを見る。なんですか、その公開告白は。

    「いや、あれを見てアリスを女だと思えるお前にびっくりだわ」
    「何? 君も女が出しゃばるなって思ってるクチ?」

     レイス中佐を無視してウィルソン大佐は顔をしかめる。いやいや、鈍感にもほどがあるでしょう、どういう教育したんですかエヴァさんもレイス中佐も。
     そしてなんだかんだとドーソン少佐と言い合いして、大佐はドーソン少佐に担がれて第七部隊へ行った。

    「グラッス、アリスの見舞いでも行くか?」
    「あ、はい」

     レイス中佐に連れられて、ウィルソン大佐のお見舞いに行った。

    「ヴィンセント、アリス、さっき寝たところなのよ。それにしても、アリスったらモテモテね」

     第七部隊の少佐がチラリとこちらを見た。思わず、俯いてしまう。ベッドの脇には、報告書の山があった。

    「アリスを連れてきた少佐、今はちょっと出てるみたいだけどずっと看てるわよ。連れて帰る?」
    「いいや、ドーソンのやつ最近休み取ってないから好きにさせてやって」

     一歩近寄ると、床の軋みで大佐が目を覚ました。意識があるのかないのか、わからないけれど。

    「……ぅ……」
    「……人がいたら寝れないんですね。……中佐、訓練、連れて行ってくれませんか?」
    「そうだな。ロゼッタ、アリスのことはドーソンに任せていいから」
    「えぇ」

     ドーソン少佐がいた時は、ぐっすり眠れたのだろうか。
     胸が苦しい。ただ、誰かが触ったように乱れた前髪だけを見ただけなのに。

     戦場へ向かう当日。大佐から遠慮せず朝ご飯を食べていけと連絡があった。

    「おはようございます、エヴァさ…」

     そこにはふんわり笑うエヴァさんがいるはずだった。血。血。血。夥しいほどの血が流れ、そして――…。

    「レイス中佐……?」
    「誰かいるのか?」

     思わず身を隠し、様子を窺う。
     間違いなく、レイス中佐がエヴァさんを惨殺してその首をぶら下げていた。

    「……グラッスの声に似てたな」

     一面の赤に目がくらむ。どうしてそんなことができるのか。
     吐き気がこみ上げてくるのを抑えて、走って大佐の元へ向かう。大佐に、伝えなければ。

    「た、大佐」
    「おはよう、アリス。いよいよだな」
    「うん、おはよう。グラッスくん、どうした? 顔色が悪いけど……ちゃんと朝ご飯食べたのか?」
    「そ、それが」
    「アリス、会議はどうだった?」
    「もう、二人いっぺんに話しかけないでくれよ。ごめんね、グラッスくん。話は後で聞くから」

     レイス中佐に邪魔をされて、大佐が去っていく。

    「どうしたんだ? グラッス、戦争は初めてだもんな」
    「……」

     あぁ、見た目にはきっと部下を心配する上司なんだろう。レイス中佐が目の笑っていない笑顔で寄ってくる。
     せめて、ドーソン少佐とかに話して大佐の無事を確保したいのに。

    「ヴィンセント、第三のシャハト大佐から連絡があったら空軍第二の軍用機で移動。いいね?」
    「オーケー」

     大佐がレイス中佐に話しかけている。大佐が指揮する隊の結団式のようなものをするためにたくさんの人の前に引っ張り出された。大佐が挨拶をしてすぐに飛行機の準備ができて、大佐とは別の飛行機に乗ることになった。
     飛行機の中で、万が一レイス中佐のことを伝えられなかった時のために手紙を書いた。これで、もし自分が撃たれても、伝えられなくても、大佐に渡せばいい。
     ガスマスクを着けて飛行機を降り、大佐に任された隊の半分の人数を確認する。

    『全員しっかりガスマスクの装着をしているな? 本日はここでキャンプだ』
    「大佐、揃ってます」
    『了解、ベイル大佐、そちらはいかがですか?』
    『滞りない』

     着々とテントが並び立つ。女性の大佐はもちろん別。二人きりになる暇も与えられない。ガスマスクを着けたままでは、二人きりになったところで話せない。
     翌日はさっそく進軍することとなり、ますます大佐と話す機会はない。進軍する間は諦めて集中しなくては。
     ここは戦場なんだ。

    『……これより、木に登って西側全方向に花粉を降らせます。探索で木に登っている人は速やかに下りて』
    『そんなことできるのか?』
    『少なくとも、ここから1キロ程度なら花くらい撃ち抜けます。普通に進んでいてください。私の小隊の人は、申し訳ないけれど休憩していて』

     大佐の鶴の一声に、後ろを歩いていたメンバーが腰を下ろす。隊員の肩を借りて木によじ登ると、既に大佐は数十メートル横でライフルを構えていた。

    『撃ちます。グラッスくん、白い花だ。準備はいいね?』
    「はい」

     大佐と同じ方向に向かって、白い点のような花を撃ち抜く。大佐ほど遠くは無理でも、せめて木が揺れているあたりを。

    『すごいぞ、アリス。花粉が散ってて敵が既に瀕死だ』
    『……それじゃあ、そのまま進みます。進軍再開』

     見ると、大佐は木の上を移動しているようだ。大佐にできるのなら、自分にもできるだろう。木の下にいる隊員とまめに連絡をとりながら少し進んでは花を撃つ。

    『グラッスくん、木の上に敵兵あり。反射するスコープは見つけ次第撃ち落とせ』
    「はい」

     敵にもスナイパーがいるとは。大佐はこれを見越していたのだろうか。しばらくして他の小隊から交戦の報告が着始めると木から下りて早めに進軍しようという大佐の提案のもと、木から下りた。

    『こちらナイトレイ、敵発見につ』
    『ナイトレイ、どうした!?』
    『ナイトレイさん?』

     どこかで、轟音がした。
     ナイトレイ少佐の返事はない。

    『爆発?』
    『……ナイトレイさん!』
    『自爆されたな。敵も切羽詰まってるってこった』

     知っている人がいなくなる。戦場では当たり前ではないにしてもよくあることなのだろう。それはわかっている。でも、どうしようもなくショックだ。
     何度もナイトレイ少佐の応答を求める大佐の声は、ただただ無力感に包まれていた。

    『こちらドーソン。洞窟に到着』

     重苦しい沈黙を打ち破ったのはドーソン少佐だった。応答する大佐の声も心なしか明るい。途中で、ふと大佐が「あ」と声を漏らす。

    『遺体を発見した人はいないの?』
    『あー……なんか、裸の遺体なら、何体か見ました』
    『………………迷彩服とガスマスクを奪われている可能性がある。怪しい動きをする者がいたら即刻射殺して構わない』
    『……見分け方は』
    『そうだな、全軍、上官に向かって整列! 今遅れた者は射殺』

     どこかで銃声が響く。

    『次、いいね? 全軍、上官に敬礼! 敬礼が違う者と遅れた者は射殺』

     また銃声が響く。進軍が遅いこちらには紛れ込んでいないようだった。
     洞窟に最後の小隊として到着すると、ガスマスクを外した第二の少佐やレイス中佐が奥で待っていた。

    「……みんなは、無事でよかった」
    「アリス、無事だったか」
    「……ベイル大佐も……。私」
    「だめっすよ、大佐。遺体探しは戦争が終わってからっす。休んでください」
    「………………まだ何も言ってないのに」

     ドーソン少佐が大佐の腕を引くと、大佐は力なく笑った。しばらくベイル大佐とにらみ合っていた大佐だが、やがて黙り込んだ。

    「……一応、この洞窟周辺を巡回しましょうか」
    「そうだな、三人一組くらいで……」
    「……グラッスくんは残ってていいよ」
    「え、そんな。自分も行きますよ」
    「君は……方向音痴だから、むしろ残っててほしい」
    「お前も残っとけ」
    「何で」

     ベイル大佐がウィルソン大佐の肩を軽く押す。と、大佐が抵抗もせずに倒れ込む。ドーソン少佐が大佐の腕を掴んでギリギリ持ちこたえた。

    「ふらふらじゃねーか。木登りしたんだろ。他より疲れてるんだから休んどけ」
    「……はい」

     一瞬遅れて、大佐と二人きりになるチャンスだと気付いた。顔をあげると、大佐が微笑んで小首を傾げる。

    「大人しく待ってようか、グラッスくん」
    「はい」
    「アリスが行かないならグラッスは連れて行った方がいいんじゃないか?」

     レイス中佐の言葉にベイル大佐が首を振る。木登りもしたしなぁ。
     3組に分かれた巡回組を見送って、寝袋を敷いている大佐にどう切り出そうか迷いつつも声をかける。

    「……大佐」
    「ん?」
    「…………自分、昨日も朝ご飯食べに行ったんですけど……、そこで、レイス中佐が」
    「ヴィンセント? 告白でもしてた?」
    「あの、言いづらいんですけど……」

     なんと言おう。ショックを受けるに決まっている。エヴァさん、優しかったのに。なんで。

    「レイス中佐が」
    「俺が何だ?」

     その声を聞いた途端、心臓が跳ねあがり喉が引きつった。思わず後ずさると、レイス中佐は大佐へ向き直った。

    「どうしたの、グラッスく」

     大佐が言い終わる前に、レイス中佐がアサルトライフルを大佐に叩きつけた。大佐はいきおいよく入り口の方へ吹っ飛んだ。

    「ヴィンセント……?」
    「そこなら花粉が届くんじゃないか、アリス」
    「な、何すんの」

     大佐と話しながら、レイス中佐が拳銃を抜きこちらへ向ける。大佐が立ち上がると、素早く大佐に向かって威嚇射撃をする。大佐はガスマスクもつけないまま、洞窟の外へ飛び出した。
     ふん、とレイス中佐は鼻で笑いこちらに向き直る。

    「やっぱりグラッスだったんだな。言おうとすると思ったんだよ。でも、今お前らを殺せば勝手に心中したことになるだろ」
    「大佐、逃げてください」

     大佐に聞こえるように言うと、レイス中佐は躊躇いもなく引き金を引いた。太股と肩を撃ち抜かれ、意識が飛びそうになりつつも歯を食いしばる。戻ってきた大佐に向かって体を引き摺っていくと、大佐は体を支えてくれた。

    「た、大佐……」
    「グラッスくん」
    「……あーあ、自分、死んじゃいますね」

     死ぬ間際って、こんな感想しか出ないのだろうか。大佐も花粉を吸ったのか目の焦点があまり合っていない。
     その時にふと恐ろしい考えが浮かんだ。

    「本当は、諦めたんですけど……アルダナの、復讐」

     この人に、託してしまおう。何もかも。

    「?」
    「あー、痛い……。中佐、わざと致命傷外してるんですよ、痛い」
    「グラッスくん、止血、しよう」
    「そうだ、これ……。言えなかった時のために、手紙書いたんです、詳細は、これで」

     大佐はその手紙を胸ポケットに入れて、手当てをしようとしてくれた。その手を握る。

    「…………すぐに痛覚が消えて幻覚が見えます。大佐、自分の復讐に手を貸してください。それで、生きて」

     ごめんなさい。一緒に、復讐しましょう。

    「レイス中佐が、エヴァさんを殺して、あなたも殺そうとしてるんです。きっとレイス中佐に騙された人も襲ってきます。……返り討ちにしてください」

     さようなら。生きてください。

    2016/09/16公開