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永遠少年症候群

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ファンタジー、恋愛要素、ハッピーエンド多め。たまに暴力やグロテスクな表現があります。
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三月ウサギの憂鬱

 初めて彼女と言葉を交わしたのは、基地内を案内してもらった最後の場所、射撃訓練場だった。士官学校の1年先輩であることは知っていたけれど、直接会うのは初めてだった。だって、士官学校のアイドル……の友達、……そして学校中の男の敵、“天才アリス”だ。士官学校を首席で卒業し、自分の得物以外の銃も容易く扱う銃器マニア。女性なのが惜しまれる、なんて言う人もいるけれど、女性ゆえの柔軟性で射撃の反動を殺すのには舌を巻いた。正直、引いた。
 ブリューゲル少佐は彼女が撃ち終わって立ち上がった時に射撃場に足を踏み入れた。瞬間、綺麗な敬礼をしている。そんな、なんかもう気持ち悪い人だった。

「こんにちは、ブリューゲル少佐。その子は?」
「ダリウス・ドーソン上級大尉だ。ドーソン、ウィルソン少佐だ。ちなみに、あの服装は重大な規定違反だ。覚えておけ」

 確かに、ブリューゲル少佐に比べればかなりラフな格好だった。ネクタイはしていないし、髪もボサボサで顔が半分隠れてるし。

「上級……ってことは、後輩かぁ。こんにちは、武器は何?」

 ブリューゲル少佐の嫌味を無視して、のんびりとこちらへやってくる。何で握手をするよりも先に自分の武器を答えなきゃいけないんだろう。心底そう思ったが別に使用武器を隠す必要もない。

「サブマシンガンです」
「そうなんだ、私はアリス・ウィルソンです。スナイパーライフルが得意です」
「は、はぁ……」

 見ればわかります。

「ウィルソン少佐、こいつに射撃場の使い方を教えてやってください。あなたと違って暇ではないので」
「いいですよ、どうせ暇ですもん。あなたと違って優秀なので」

 え、何この二人。仲悪すぎじゃないか。ウィルソン少佐は笑顔のままこちらを見た。貼り付けたような笑みに見えて一瞬身構えてしまう。とはいえ、顔の半分が前髪で隠れていて口元くらいしか見えないのだが。
 ブリューゲル少佐が出ていくのを見て、ウィルソン少佐は改めて握手をするように手を差し出した。握手をして、その柔らかく小さい手に驚いた。

「ドーソンくん、まずは設備について教えます」
「はい」

 ウィルソン少佐は設備について事細かに説明してくれた。士官学校と似たようなものかと思っていたが、少しパネルを操作すれば、的の位置や大きさを変えることができる。かなりハイテクだ。
 在学期間がかぶっていたこともありウィルソン少佐の噂はよく聞いていた。女性にしては背が高い方だとは思うが、こんなに小さい人だとは思わなかった。綺麗な、薄い黄色に近い金髪は昔見たことのある花の色だ。

「ね、ドーソンくん。せっかくだから撃ちたいだろう?」

 少佐は俺を見てニッと笑った。あぁ、こんなに可愛らしいのになんで銃器マニアの戦闘マニアなのだろう。
 無理矢理首を振らされて、サブマシンガンを受け取る。そこで何故かウィルソン少佐もサブマシンガンを両手に持つ。

「少佐はスナイパーライフルでしょう」
「あはは、気にしないでよ」

 俺が的に向かって撃つ。なんだかんだ言って女を抱きしめるよりしっくりくるんだから俺に平手打ちをくれた元彼女は正しかったのだろう。士官学校を中退して、今は何をしているのだろうか。
 体が覚えている感覚だけで撃ち、弾がなくなって装弾し直し、また構える。と、ウィルソン少佐が首を振る。

「全然ダメ。君、士官学校で何習ったの?」
「え、俺、命中率は良い方だと思いますが……」
「マシンガンの中でもサブの特徴は手で持てるとこだろ。残りの弾がいくつかくらい判断しなきゃ。あ、弾切れだって気付く一瞬が命取りかもしれないんだよ」

 意味がわかりません。
 ブリューゲル少佐、なんで俺をこの人に託したんですか。この人危ないです。
 士官学校ではそんな技術習得させません。ていうか、できません。

「そりゃ、スナイパーライフルは装弾数も少ないし数えられるかもしれませんが」
「いや、だから数えるんじゃなくて重さで」
「は?」

 ますます意味がわかりません。
 ウィルソン少佐が肩を竦める。

「見ててよ」

 おもむろに構えたサブを撃ちまくり、的を一つ残らず落として、空砲を打つことなくいきなり装弾。落とした弾倉を見ると弾は残ってない。

「これができたら私が総帥になったときに陸将にしてあげる」
「はぁ」

 総帥になるつもりなんですか、この人。いや、うん。なれるかもしれない。少佐の中では能力は抜きんでてると思う。でもこんなの超人レベルだ。俺にできるようになれと言うのは無茶な注文だ。
 本当に変なひ――……。

「頑張ろうね、ドーソンくん」

 少佐が前髪をかきあげると、きれいな青い瞳が人懐っこく細まっていた。
 ……可愛いなんて思ったのは、間違いであってほしい。

「ドーソンくん、うちで夕食食べて行かない?」

 入隊してしばらくすると、週に1度は夕食に誘われるようになった。といっても、料理を作るのは少佐のお姉さんだ。
 少佐のお姉さんはとても綺麗だった。
 お姉さんは少佐とは違って女性らしくてか弱そうな、典型的美人だ。モテるだろうな、と思う。
 レイス少佐はウィルソン少佐と同期らしくて必ずウィルソン少佐が誘っているけれど、いつもお姉さんを見ている。かといって何か話しかけるわけでもないので見ていてとてもじれったい。俺がレイス少佐に振らないとレイス少佐はお姉さんにご飯がおいしいとかお姉さんが綺麗だとか言えないのだ。まったく困ったもんだ。

「ありがとう、ドーソンくん、レイスくん」

 決まってにっこり笑うこのお姉さんは結婚する気がないんだろうな、と思う。まぁ、俺としてはレイス少佐の横でガツガツ食ってるウィルソン少佐の方が可愛いから気にしない。
 ただ、少佐の誘いを受けるとお姉さんが好きだからだと思われているのは困ったものだ。だがその誘いを断ったら少佐と飯が食えない。それで結局勘違いされたままだ。
 俺が少佐に昇進しても。この数年、ずっと。

 アルダナでの大戦で、ウィルソン少佐率いる小隊は驚異的な活躍を見せた。実際のところはウィルソン少佐がアホみたいな射撃の腕で遠くの敵を倒して少しずつ進軍しただけで、その周りにいた隊員たちはスナイパーライフルに装弾してウィルソン少佐にライフルを渡していただけらしい。
 その時高みの見物をしていた中佐以上の主要軍人は会議だなんだと固まっていたせいで一網打尽。アルダナから帰ってくると第二部隊の大佐にはウィルソン少佐が繰り上がることとなった。ブリューゲル中佐(この人も昇進した)は腑に落ちないと怒っていたけれど。

「た、大佐になっちゃった」

 照れ笑いしながら言われたときは可愛すぎてどうしようかと思った。俺は昇進しなかった。
 少佐と上級大尉というだけでも階級が違ったから頑張って同じ階級の少佐になったのに、大佐と少佐だなんてますます釣り合わない。……と思っていた矢先、なんかものすごい強敵が現れた。

「アリスがグラッスと遅刻らしい」

 それはコルッカ少佐とツヴァイク少佐への伝言だった。何気ない、出張から帰ってきた部下へ上司からの伝言。

「訓練ですか」
「あぁ」

 なんすか、それ。なんでいつもグラッスの訓練に付き添うんすか。
 あれか、初めての部下だからか。前大佐の方針を知らない部下だから。好きなんすか、あいつが。
 初めて見た時は俺だけが士官学校の後輩だと嬉しかったのに。別に先輩は大佐だけじゃなかったけどな。

 大佐はグラッスに目をかけているのではないらしい。会議で言われた内容は、衝撃的だった。

「彼の携帯電話のGPSを記録させてもらうことにした」

 無表情で言い切るのが少しばかり怖い。他の奴もそうなのだろう、レイス中佐が少し反論しかけたが、大佐に見つめられてそのまま口ごもった。

「本人は迷子防止だと思ってる……が、迷って第四の執務室まで行くのは難しいと思うんだよね」
「大佐は……あの方向音痴が演技だと考えておいでですか」

 コルッカ少佐の問いに、大佐は肯定も否定もしなかった。

「その可能性もあるって話。部下が大切なら方向音痴を直してあげるといい。何度も言うが迷子対策だ。以上、会議終わり。射撃場に行きましょう、ブリューゲル中佐。机上の空論を実演してあげよう」

 ブリューゲル中佐がひきつった顔で笑う。

「中佐、大佐はできるっすよ」

 こっそり中佐に話しかけると、フンと鼻で笑われ一蹴された。
 何ができるかって、もちろん、俺にやれと言ったサブマシンガンの残弾数を重さで判断すること。
 結果的に、ブリューゲル中佐はあっさり非礼を詫びた。その上、大佐を上司と認めたようだ。それは後日、俺が幹事を務めたグラッスの歓迎会でも明らかで、俺が誘ったら断ったくせに大佐が誘ったらあっさり来た。

「ドーソン、歓迎会に行くことにした」
「まだ予約してないから大丈夫っすよ」
「あの時、お前は“大佐はできる”と言ったが……そんなことはわかっていた。……彼女を認める口実がほしかっただけだ」

 この人もなんだかんだでプライド高いからな……。そんな、口が裂けても言えない感想を持った次第だ。

「大佐、昨日の歓迎会お疲れ様っす」
「おはよう、ドーソンくん。幹事お疲れ様。みんなが来れてよかったよね」
「そっすね」
「死屍累々だったけど」
「……そっすね」

 1ヶ月過ぎてしまってから開かれたグラッスの歓迎会では、みんなここぞとばかりにグラッスを潰しにかかった。どうやら俺の他にもグラッスが大佐から特別可愛がられているように感じている奴がいたらしい。俺は幹事業をするため、大佐の横で甲斐甲斐しく酒の注文を聞いたり料理を取り分けたりした。
 帰る時になって半数が倒れ込んでいたが、まぁ、死者はなかったからいいとした。翌日の今日は妙に休みが多い。

「ドーソンくんは大丈夫?」

 あぁ、なんて可愛い。前髪で目が隠れていて見えないが、たぶん上目遣いで可愛い。

「大丈夫っす」
「今日は半数しかいないから訓練が長くできるね!」
「え」

 嫌な予感がして、回れ右をした。同じく勘のいいツヴァイク少佐の背中が見える。

「はい、じゃあ、みんな射撃場に集合。最後に着いた人は腹筋背筋腕立て100回、よーいドン」

 やっぱりな!!
 何人もの少佐が一斉に走っているため、射撃場までの道のりでかなりの人間にじろじろ見られた。
 肩で息をしている横でリースマンがペナルティの筋トレをしていると、大佐は制帽をかぶってのんびりとやってきた。普段は隠れているきれいな瞳が見えるから、制帽をきちんとかぶっているときが好きだ。まぁ、ブリューゲル中佐ご立腹の規定違反も、前髪をかき上げる仕草や細い腰回りが拝めて最高だ。
 それから、大佐が休憩をしようと言うまで、優しくも厳しい指導が続いた。大佐が差し入れてくれたお茶を受け取り、さりげなく大佐の横を陣取る。

「大佐、俺、もうちょっと指導してほしいんすけど」
「え? ドーソンくんが? 珍しいね」
「……僕も」
「大佐、俺も!」
「よし、じゃあ休憩終わり! みんな、後半戦しようか。今度は一人一人注意するからね。じゃあ、リースマンくんから。次の人は5セット終わるのが早かった人」
「お願いします!」

 ……俺は、何を間違えたのだろうか。
 こんな――大佐は嬉しそうだが――こんな、暑苦しい青春ドラマの再現みたいなことをやりたいんじゃない。俺は大佐と二人で話したかったのに。
 訓練終了後、どうしても諦めきれずに大佐を呼びとめる。汗をかいたので着替えてからになるが、昼メシを大佐と一緒に食べれることになった。
 ウキウキしながらシャワールームから出ると、着替えを持った大佐が立っている。思わず呆れた声が出たと思う。

「なんで大佐がシャワールームにいるんすか」
「シャワー浴びるからだよ」

 そりゃそうだろう。シャワールームなのだから。女性が使うのは危ないに決まってるじゃないか。
 大佐は俺のことなど気にもせず、個室へ入っていった。シュルシュルと衣擦れの音がして、脱いだのであろう服がドアに引っかかる。

「大佐、女性用のシャワールーム作るべきじゃないっすかね。いくら第二の連中しか使わないからって」
「軍に金がないんだよ。作っていいならポケットマネーでも何でも出すけどさ」
「どうするんすか、安全ってわけでもないのに」

 大佐が入った個室のドアに背を向けて立つ。中の音が気になってしまうが、俺の恥ずかしさよりも大佐の安全だ。

「誰かが開けた瞬間に撃つかな。間違えて開けた人は運が悪かったってことだね」
「大佐に限っては安全っすね」
「そうでもないと思うけど……私が撃つより早く手を捻りあげられたら、舌噛んで死ぬ」
「陸将から報復されそうっすね」
「そうかな。ベイル大佐とかは女が出しゃばるからだって言うんじゃない?」

 キュッとシャワーを止める音がして、また衣擦れの音がした。ドアがあいて、小さく息をのむ音がした。

「護衛かい? たくましいね」
「間違えた人が死んだら可哀想じゃないっすか」

 誰かがうっかり大佐の素肌なんて見ようものなら、俺は怒りで死んでしまう。

「さ、どいたどいた。執務室にいったん帰ろ」
「大佐、ほんとに危ないっすからね」
「君が守ってくれるんだろ」
「そっすね」

 いくらでも守るさ。
 髪を乾かすのもそこそこに、食堂へ向かう。と、せっかく向かい合って座ったのに、ベイル大佐がやってきて大佐の隣に座った。
 勝ったとか負けたとか、よくわからない話をしている。……後で聞こう。

「君はA定食か。一口くれ」
「じゃあその肉のかたまりもらいますね」
「物々交換だな! いいだろう!」

 ベイル大佐から奪ったステーキの半分を俺の皿に載せたところで初めて、ベイル大佐は俺の存在に気付いたようだった。

「彼は?」
「部下のダリウス・ドーソン少佐」
「そうか、恋人なのか?」

 思わず、飲んでいたお茶を噴き出した。大佐から肩にかけていたタオルを受け取って、テーブルを拭く。すいませんと小さく言うと、大佐は俺に答えずに小さく嘆息し、ベイル大佐に向き直った。

「私のプライベートは大佐には関係ありませんよね」
「そうだな! ちょっと気になっただけだ!」
「うるさいです」

 そうしてなぜかバトラー大佐までやってきて、少佐の俺としては肩身が狭い。
 バトラー大佐も、負けたとかなんとか言っている。嵐のように二人が去った後、大佐はまた嘆息して食べ始めた。俺の視線に気付いた大佐がこちらを見た。

「何? お肉もうないよ」
「違います。ベイル大佐に勝ったって何すか?」
「あー……」

 大佐が口ごもり、口を尖らせて俯いた。可愛い。今すぐその顎をくいっと持ち上げてキスしたい。

「入隊式の余興でベイル大佐と戦って勝った……。正装だったから彼は動きづらそうだったし」
「へぇ、見たかったっす」

 彼、ね。

「そのうち再戦しようって言ってくると思うよ。次は迷彩服でくるだろうから負けちゃうかも。ごちそうさま」
「ごちそうさまっす。帰りましょ」
「うん」
「また食べましょね」
「うん。あ、夕食に招待しようか?」
「……そっすね。是非」

 またどうせ、お姉さんに会せようとしてるだけだろ。

 ストーブを囲んでいると唐突に執務室のドアが開いた。ベイル大佐が仁王立ちしている。

「再戦だ! アリス!!」
「この11月の冷え込んできた時期にTシャツに迷彩パンツとは……なんとかは風邪引かないと言いますしね……尊敬しますよ、本当」
「尊敬だと? おだてるな」

 ベイル大佐はへへっと笑った。……おだててはいないと……というか、褒めていないと思う。
 大佐の予想通りだった。再戦の申込み。陸将閣下には許可を取ったらしい。そのせいか、初めて見るような距離で、陸将閣下を見た。大佐への激励に来たらしい。可愛がられている。

「閣下に可愛がられてるんだな」

 陸将閣下を見送ってベイル大佐が言うと、大佐はふんっと鼻で笑った。

「可愛いので」
「そうだな!」

 大佐は面食らった顔で、ほんのり顔を赤らめた。言われ慣れてないからだろうなぁ。可愛いなんて、俺は何度でも言いたい。大佐は可愛い。すっげぇ可愛い。

「……再戦は、いつですか?」
「1時間後だ。じゃあ1時間後に大訓練場でな!」
「ええ」

 ベイル大佐が出て行ってから、大佐はロッカーから迷彩服を取り出し始めた。ウォーミングアップには時間がない。俺ならシャワーを浴びて体を温める。

「大佐……、自爆したっすね」
「うるさい」

 大佐はこちらを見もせずに口を尖らせた。不機嫌そうにちらっとこちらを見て、ふんっと息を吐く。

「……シャワー浴びてくる」
「あ、大佐、一人でシャワーは危ないって言ってるじゃないっすか」
「君が護衛してくれるんだろ」
「あ、ハイ」

 ちょっとは俺のこと特別だと思ってくれてるのかな。大佐はきっとそういうの苦手だから、恋とか愛じゃなくてもいいんだ。俺のこと、特別な部下――できれば特別な男――だと思ってくれるだけでも。
 大佐はシャワーを浴びた後、髪も乾かさないまま柔軟体操を始めた。少しずつ迷彩服の背中が濡れていくのがどうしても気になって、勝手にタオルで大佐の髪の毛を拭く。

「風邪ひきますよ」
「馬鹿は風邪引かないから」
「大佐は馬鹿じゃないでしょ」
「ドーソンくんはちょっと私を過信しすぎだよ。馬鹿だよ、銃器馬鹿」
「……そっすね」

 そんな大佐が好きで。
 本当は、力の差があるベイル大佐との戦いなんてやめてほしい。でも、上司としても尊敬してて。
 応援に行くというグラッスやレイス中佐と何か話して、大佐は大訓練場へと向かった。俺もみんなと一緒に観客として中に入る。
 陸将閣下の合図で始まったその戦いは、模擬戦というよりも何か芸術のようだった。
 大佐が両手に拳銃を構えて撃ちだすと、ベイル大佐は足元を狙う弾を避けながら距離を詰める。大佐は拳銃を捨て、マシンガンを手にした。1丁でも反動のあるマシンガンを両手に持ち、顔の前と胸の前でベイル大佐を狙う。しかしやはり反動でズレが生じるのか、ベイル大佐は軽々と避ける。
 ……どっちも人間じゃない。
 ベイル大佐が腰の片手剣を抜いた。大佐はそれを確認すると、さっさとマシンガンを捨て、側転で逃げる途中でスナイパーライフルを取った。有り得ないスピードでベイル大佐が逃げた先に弾を撃ち込んでいく。
 じりじりと距離を詰められた大佐がさっと体を起こすと同時に、ベイル大佐が大佐の鼻先を蹴り上げた。蹴りは空を切ったが、すぐに体勢を整えて大佐の腹に膝蹴りを入れる。と、大佐が吹っ飛んだ。
 思わず奥歯を噛んだ。そこから俺は、もう見てられなかった。グラッスがあ! とかわー! とか叫ぶのを、ただ聞いているだけだった。

「勝者、ベイル大佐!」

 アナウンスが響き渡り、ベイル大佐が大佐を引っ張り起こしているところで大佐の元へ走り出す。
 何か話していた陸将閣下が離れたのを見計らって駆け寄ると、大佐は照れくさそうに笑った。

「大佐、大丈夫っすか!?」
「みんな、本当に見に来たの? もう……恥ずかしいなぁ」
「大佐、第七行きましょ」
「そうだな……。その方がいい……。俺、吹っ飛ぶ人間初めて見たわ」

 大佐の腕を掴むと、やんわりと外された。

「大丈夫だよ、ちょっとした打ち身で……」
「大佐は女の子なんすよ!?」

 思わず、口走っていた。
 あ、ヤバイ。……でも、もう遅いか。

「いや、あれを見てアリスを女だと思えるお前にびっくりだわ」
「何? 君も女が出しゃばるなって思ってるクチ?」

 大佐の反応は、肩透かしもいいとこだった。

「違うっす。早く第七行きましょ!」
「じゃあなんで私が女ってのが関係あるんだよ」
「アリス、大人しくドーソンに連れてってもらえ」
「嫌だ。まだ仕事残ってるし」
「あーもう! 大佐、行きますよ!!」

 大佐を担ぎあげて、第七部隊の救護室へ向かう。大佐はすごい力で抵抗してきたが、離すつもりはない。

「お、おろせ!」
「嫌っす」
「ドーソンくん!」
「後から痛くなったりするんすよ」

 抵抗を諦めたのか、大佐は弱々しく俺の名前を呼んだ。

「……この体勢、頭に血が上りそうだからやめて」
「……はい、これでどうっすか」」

 確かに、頭に血は上りそうだし、蹴られた腹に肩が当たって痛いだろう。
 膝の裏に腕を通して、持ち上げ直す。と、大佐は目を白黒させて両手で顔を覆った。

「わ、私をからかって面白いの!?」
「からかってないっすよ」

 いつもの気を張った喋り方じゃない。想像以上に強く蹴られたのか、こういう……お姫様だっこに免疫がないだけなのか……。
 第七部隊のドアを足で開けると、かつての士官学校のアイドルが仁王立ちしていた。

「あら、ヴィンセントに聞いてたより面白い格好で来たわね、アリス」
「ろ、ロゼッタぁ」

 ロゼッタ・オルシーニ少佐に縋りつくように手を伸ばすので、大佐を下ろす。オルシーニ少佐に大佐を預けていったん執務室へ戻り、大佐の様子を中佐に報告した。

「……アリスのどこがいいんだ?」
「……エヴァンジェリンさんが好きな中佐にはわかりませんよ……。タイプが違いすぎるっすもん……」
「…………だな。……好きに見舞い行っていいぞ」

 頼む前に諦めていた許可がおりたので、仕事を持って第七部隊へ行く。適当に挨拶して大佐が寝かされているベッドの脇に座った。
 いつも大佐の顔を隠している前髪を勝手に横に流す。寝顔、綺麗だなぁ。

「……危ないこと、しないでくださいよ……」

 人形のような大佐の寝顔を見ていたはずなのだが、肩を揺すられてはっと我に返った。あれ? 俺、寝てた!? 大佐の寝顔を見れるこの先あるかどうかわからないチャンスを目の前にして!?

「……あ、大佐、起きました?」
「なんで戻って仕事してないんだ」
「あー……持ってきてやったんすよ」

 なんで。大佐の目が、そう問うていた。

「帰りましょ、大佐」
「うん……、またね、ロゼッタ」

 なんで、か。普通、気付くと思うんだけどなぁ。家まで送る途中、大佐の袖を引いた。ゆっくりと大佐が顔を上げる。
 大佐の長い前髪を、勝手に耳にかけても何も言われなかった。澄んだ青い瞳に情けない顔の俺が映ってる。

「大佐、俺にとって大佐は女の子なんすから、無理しないでください」
「……何で……」

 大佐は、言葉を失ったように唇を震わせた。
 あぁ、きっと気付かないフリをしてるんだ。

「迷惑なら、何も言わないっすから」

 ただの部下でもいいんだ。こうして傍にいられるのなら。

 ベイル大佐はいつだって唐突で、ウィルソン大佐は迷惑そうだ。第一部隊が風邪で全滅して、訓練の相手を探してきたらしい。
 でもその日、ベイル大佐は俺にとっては嬉しいことを言ってくれそうだった。

「確か、アリスのこいび――……」

 と、まで言ってくれれば良かったんだ。けれどそれを、大佐が遮った。

「ベイル大佐、私がお相手しますよ」

 大佐は目が笑わないままニヤリと笑った。そうして、大佐達は連れ立って出て行った。

「……俺も訓練、混ぜてもらおうかな」
「さすがドM」
「はぁ?」
「大佐……っつか、上司が好きな時点でドM」
「……僕はそうは思わない。ベクレルが下品なだけだ。ただ、大佐同士の体術訓練なんて誰もいかない。……怪我をしたくはないからな」
「そうそう、邪魔は入んねーから、行け行け」

 ツヴァイク少佐とベクレルさんが揃って手を払う動作をした。ツヴァイク少佐があんな風に言ってくれるとは思わなかったな。
 迷彩服に着替えて第一部隊の訓練場に向かうと、大佐達は向かい合って床に座っていた。ベイル大佐の真剣な眼差し。……ベイル大佐もアリスアリスと馴れ馴れしかったが、もしかして先越されたのか?
 声をかけられずにいると、入口で躓いた音で大佐が振り返った。

「……あ、大佐……、俺も訓練……」
「ドーソンくん……」

 真っ赤な顔の大佐が立ち上がろうとすると、ベイル大佐がままその腕を引いて、大佐はベイル大佐の上に倒れ込んだ。
 目を白黒させる大佐とは対照的に、ベイル大佐が真剣な顔で俺を見た。

「取り込み中なんだ」
「あ、そっすか。すんません」

 情けない。が、真剣な男を邪魔してはいけない。

「そうっすかじゃない! 君は私を護衛するんだろ! 助けてよ!!」

 だけどそれは、大佐が嫌がらないときに限っての話だ。くるりと回れ右すると、ベイル大佐は肩を竦めた。

「だそうっすよ、ベイル大佐。すんません」

 大佐に歩み寄り、ベイル大佐が掴んでいない方の手を引っ張る。強くひきすぎて、大佐は俺の方に倒れ込んで、そのままずるずると座りこんだ。
 ベイル大佐がふっと笑って大佐の目の前にしゃがみ込む。俺は目を閉じて、ベイル大佐の静かな告白を聞いていた。
 ベイル大佐が立ち去ろうとしたとき、大佐は慌てて立ち上がろうとして俺の腕を掴んだ。

「ごめんなさい! ま、また訓練しましょうね!」
「おう、よろしくな」

 人が失恋するところを見てしまった。そして大佐の、フッた相手にやさしくするという致命的な欠点を見てしまった。そんなことしちゃダメだ、大佐。笑って返事できるベイル大佐がカッコ良すぎる。
 大佐がふーっと息を整えているのを見て、大佐の手を取った。

「大佐……大丈夫っすか?」
「だめ。私、免疫ないから、だめだ……」
「知ってるっす」
「ドーソンくんが来て、ほっとした。ありがとう。私……あとちょっとで拳銃抜くとこだった」
「なんすかそれ。怖いなぁ」

 細い指。小さく震えて。
 オルシーニ少佐のところにでも、連れて行こうか。細心の注意を払って、囁くように立てるかと聞くと、大佐はゆるく首を振った。

「ドーソンくん、……怖かった……」

 そうして、俺の手を放したかと思うと、するりと細い腕が俺の首に巻きついた。
 先日、オルシーニ少佐にしていたように。
 俺は、ただの害のない奴になってしまったのかな。変だな。この前は傍にいられればいいと思っていたのに。
 思わずふっと笑って、大佐の背中を優しく叩く。しがみつく腕をほどくと、大佐は小さな少女のように不安げに瞳を揺らした。

「大佐、帰りましょ」
「……うん」

 ……俺、何がしたいんだろう。

 ランカスター大佐が戦争が起こると告げた後、大佐は隊を二つに分けた。優秀だ。けれど、問題は二つ。
 大佐が前線に出るということと、グラッスを傍に置くということ。嫉妬じゃない。グラッスのGPSは、まだ外れていない。……まだ、完全に信頼できないんだ。

「大佐、それは危険なのでは……」
「私が前線に出ては危険かな?」
「…………」

 前髪の隙間からのぞく大佐の瞳が、わずかに細くなる。俺は何も言えなかった。

「大丈夫だよ、ドーソン少佐。……そうだね、じゃあ君に特別任務を課そうか。危なかったら止めてくれ」
「……」
「私を撃ってでもね」

 そんな残酷な命令、他にあるかよ。そんなのは俺の――愛する者を守る軍人の――仕事じゃない。
 大佐は正装を着込んで大佐会議へ向かった。

「……前線に、出るなんて……」
「第二部隊を選んだのは自分だろ」

 グラッスに言うと、奴は黙りこくってコルッカ少佐の元へ行った。

「グラッスに当たるなよ」

 ベクレルさんに小突かれて、頭を冷やして来いと背中を押される。グラッスは悪くない。……わかってる。

 A部隊、と大佐が名付けた森に入る部隊での打合せの後、ベクレルさんが放り出した事務仕事を片付けていると、射撃訓練に行っていた大佐とグラッスが戻ってきた。レイス中佐がそれに気付いて立ち上がった。

「アリス、飯行こう」
「うん。ドーソンくんも行こう? 私とヴィンセントの奢りだよ」
「え……でも」
「行こう?」
「はい」

 もう少しでキリがよかったのだが、大佐より重要なものはない。慌てて立ち上がり、財布をポケットに突っ込んで大佐に駆け寄る。

「グラッスくん、お店決めた?」
「えーっと……」
「はい、じゃあドーソンくんどこ行きたい?」
「は? 俺? や、焼き肉!?」
「あ、ドーソン少佐ずるいです! 自分の射撃訓練のご褒美なのにー!」
「休憩時間長くないからあんまり待てないよ。それじゃあ焼き肉行こうか」
「焼き肉も好きです」

 グラッスが大真面目に返事して、先に行ってしまったレイス中佐を追いかけて行く。あいつ、大佐狙ってるんじゃないのか?

「あの、すんません」
「何が?」
「いや、あの焼き肉とか言って……その……高いし」
「気にしないで。戦争が始まったら食べれなくなるだろうし、今の内に食べなきゃね」
「そっすね。あの、大佐、……戦争が終わったら、二人で「大佐ぁ!」

 二人でご飯でも、と誘おうとしたところで、グラッスが割って入る。グラッスはまじで俺の疫病神かもしれない。

「焼き肉は食べ放題ですか!? レイス中佐に聞いてこいって言われました!」
「食べ放題でいいんじゃない? ヴィンセントに先に食べてていいって伝えといて」
「はい!」
「ごめんね、ドーソンくん。戦争が終わったら何?」

 大佐が前髪をかき上げる。ドギマギして目をそらす。
 生きて帰って、また誘おう。

「……何でもないっす」
「私はね、戦争が終わったらみんなでご飯食べたいなー。うちの庭でさ、あ、エヴァも含めさせてもらうけどバーベキューとかしたいね」
「いいっすね」
「ドーソンくんはエヴァが好きだもんね」

 あ。今だ。誤解を解かなければ。一生前へ進めない。

「エヴァさんはキレーだと思うっす。でも、俺の好きな人はエヴァさんじゃないっすよ。好きな人は別の人っすよ」
「え……」

 数年来の勘違いだ。そりゃ、驚くだろう。
 というか、俺は全力で好意を示してきたし、最近はちょっと大佐にも気付かれて、それでいて傍に置いてくれているものだと思っていた。シャワー室に一緒に行くのも、ベイル大佐に告白されて俺に抱きついてきたのも、俺は死ぬほど嬉しかったのに大佐は誰にでもするんだろうか。

「エヴァさんは憧れっす」
「憧れかー。あのさ、その好きな人に戦争前に告白しときなよ。待ってる人がいた方がよくない?」

 この人の殺傷能力は本物だ。どんな得物でも、優しい言葉ですら。
 俺が告白したって、どうせ断るんだろう?

「フラれたら俺使い物にならないっすよ。帰って、自信つけてからの方がいいんす」

 そう? とか何とか言って、大佐が焼き肉店に入る。
 俺やっぱり、フラれるのかな。
 その日、レイス中佐にグラッスの訓練によく付き合っているのはコルッカ少佐の嫁が身重だから早く帰らせているからだと聞いた。なんだよ、変な期待させんじゃねぇ。

 戦地へ行く日、珍しくブリューゲルさんに肩を掴まれた。振り返ると、コルッカ少佐もいた。あれ? この二人、同期だけど仲悪いはずじゃ……。
 二人に詰め寄られ、思わず腕章を留める途中の手を休めて後ずさる。

「な、何すか」
「大佐が務まるのはウィルソン大佐の他にいない。大佐を頼むぞ」

 二人の目は真剣で、俺は黙ったまま頷いた。間もなく輸送機に乗り込み、戦地へ向かうことになる。

 ランビナートの森は想像以上に鬱蒼としていて、進軍速度はどうしても遅くなった。
 進軍を開始してから一度目の休憩で辿り着いた洞窟の周りを見回っている最中、突然レイス中佐からの無線が入った。

『アリスが……、アリス・ウィルソンがジェイド・グラッス上級大尉を殺害し逃亡中だ』

 大佐がグラッスを?
 何かの間違いだ。そんなことできる人じゃない。ベイル大佐もそう言っている。
 けれど1時間もしないうちに、軍は大きく崩れた。

『……アリス・ウィルソンの反逆行為を確認。見つけ次第……殺せ』

 ベイル大佐の悲痛な声が告げた。
 無線からは、大佐の声が聞こえてくる。ウサギだの猫だの意味不明な言葉か、俺やベイル大佐に応答を求める言葉。応答しても、全く反応はない。
 何より最悪なのが、部下達の断末魔が無線を通して聞こえてくること。銃器マニアの戦闘マニア。大佐の戦闘能力は超人レベル。わかってたことにしては、圧倒的すぎる。

『悪い、やられた』
『ベイル大佐!?』
「…………ベイル大佐が……」

 全滅という言葉が脳裏によぎる。
 ふと戦争前に大佐が見せた笑顔を思い出した。俺がグラッスを傍に置くのは危険なんじゃないかと言ったときだ。
 君に特別任務を課そうか。危なかったら止めてくれ。私を撃ってでもね。
 あれは、こういう意味じゃないだろう。なぁ。

「中佐、俺行ってきます」
『サブじゃ相手にならないぞ』
「大佐に止めろって言われたんで」

 ふらふら歩く大佐の前に立つ。ガスマスクを外した。悪いけど俺の一世一代の告白、中佐なんかに聞かれたくない。

「大佐! 何で俺を置いて行くんすか!」
「誰? 君、ウサギ? 白くないね」
「俺は止めますよ、あなたを撃ってでも」

 ほんと、好きでした。
 大佐の肩を撃ち抜く。倒れ込んだ大佐を抱き起こす。止血をしといたら銃は撃てないだろうが死にはしないだろう。

「もう、やめましょ、大佐。帰って、飯食いましょ。好きなんですよ、告白させてくださいよ」
「そっか、君、三月ウサギかぁ」
「!?」

 利き手じゃない、左で。サブマシンガンを俺の額にぴったりくっつける。
 大佐に、俺はもう見えてないんだ。きっとこの虐殺は、花粉の毒で朦朧としてて。そうっすよね? 大佐。

「君の撃ち方、私の部下にそっくりだ。とてもいい子でね、帰ったら告白するんだって。きっと女の子は幸せだよ。私も大好きだった。じゃあね、ドーソンくんにそっくりなウサギさん」

 あぁ、俺に告白されたら幸せっすか。ほんとっすか。大好きって、どういう意味っすか。
 ほんと、俺、大佐が好きです。

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