永遠少年症候群

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    小田原征伐

     桜が咲き乱れるようになると、いよいよ北条を攻める用意が整っていた。
     そうしたさなか、主に呼ばれて行くとそこにはにこにこと笑う北政所様がいた。

    「御方様、我は、あの、主殿に呼ばれ……」
    「ふふふっ、はやてちゃんも苦労人やなぁ」

     そんな言葉をかけられて、意味の分からぬまま頭を垂れていると、北政所様の指示で振袖を着付けられていく。

    「旦那様、できたで」
    「おー、はやて。見違えた」
    「女子にそないなこと言うたらあきません。元々可愛い子や」
    「主殿、これはどういう……」
    「わしは、一応徳川殿の謀反も警戒してんねん。小田原をやるとは言うとるが、元々臣従関係をころころ変えてはるし」
    「はぁ」

     そこでな、と主はニヤリと笑う。
     かように笑う主は、『おもろい』かどうかで判断するきらいがあり、警戒するまでもなく嘆息が漏れる。

    「はやては、姫武将ってことで徳川殿の忍びを護衛につけてほしいってお願いしとくから、その忍びを見張っててほしいねん」
    「……はぁ」
    「旦那様、あんまりはやてちゃんをいじめたらうちがいてこますで」
    「はやては大丈夫や。な! で、設定言うで。名前は巴、わしらの養女。父親は……せやな、浅井とかでええやろ」
    「とかってなんやねん!」

     夫婦の面白掛け合いを聞いていると、頭が痛くなってくる。

    「……主殿、もしもの場合は……」
    「もしもの場合は、不慮の事故や」

     主にあるまじき穴だらけの内容であるが、信頼されているから……であると思っていいのであろうか。捨て駒に考える時間を割くことすら惜しいのも道理と言えば道理。

    「頼んだで、はやて」
    「御意」

     わらわは主の道具なのだから、これでいい。
     しばらく着飾ったまま待機するように言われ、今は北政所様の部屋で縮こまって呼ばれるのを待っている。

    「はやてちゃん、うちの旦那様が悪いなぁ」
    「いえ、我が務めにございますれば」
    「姫武将やさかい、綺麗な鎧も手配したるわね」
    「め、滅相もございませぬ。御方様、勿体のうございます」
    「ええんよ。うちにはぎょうさん子どもがおるさかい。はやてちゃんもうちの子どもや」
    「……かかさま……」

     不覚にも、久方ぶりに現れた母上という存在に目頭が熱くなる。北政所様を慕う加藤殿達は、このような気持であったのであろうか。

    「ずっと頑張ってきたんやねぇ」

     本当に母が子にするように手を包まれて、わらわもその柔らかい手を握り返したかったが、ゆったりと押し戻す。

    「いけませぬ。我が手は汚らわしいものにございます」
    「はやてちゃん……」

     やがて、主に呼ばれて主の待つ部屋へと向かう。いつもの廊下も長く冷たく感じるのは、北政所様の傍が温かかったせいであろう。
     部屋に入ると、徳川殿とその他に一人、主の前に座っている。わらわに気付くと端によけるようにして並んだ。

    「来たな。徳川殿、こちらがこの前話した巴や」
    「これは美しい。かような姫が、姫武将とは……」
    「美しいのはおねの化粧のせいやで。巴、こちらが徳川殿や」
    「初めてお目にかかります」
    「で、そっちが護衛やな」
    「いかにも。拙者の懐刀、貴殿に預けよう。これは服部半蔵という」

     徳川殿の隣に座る男が示される。闇に沈むような色の、奇妙な着物。口元が隠されており、目しか見えない。聞いていたよりも随分と小柄だ。
     服部半蔵は、風魔小太郎のように伊賀衆の頭領に与えられる名。顔を見ておきたい。

    「関白殿の御前で、顔を隠すとは……。おととさま、わらわは昨日も申し上げましたが護衛など要りませぬ。まして、このような礼を失した者など」
    「いやすまんのう、徳川殿。まっことじゃじゃ馬で。まぁまぁ、ええやないか」

     よりによって主が宥めるので、しぶしぶ引き下がる。主は他愛もない話を続け、最後にぽんと自らの膝を打った。

    「それじゃ、頼んだで、服部殿」
    「御意」
    「はや……巴の出立は明朝や。あまり服部殿に無理を言うたらあかんで」
    「……わかりもうした」

     部屋に戻ると、服部半蔵がついてくる。並んで歩くと、わらわよりも背が低いことがわかる。
     主が忍びに疎いのは仕方ないにしても、これは思っていたより徳川殿は狸であるな。
     当代の服部半蔵といえば、先日十郎も言っていたが我が主が明智を討ち取る際に徳川殿の伊賀越えを護衛した六尺ほどの大男と聞く。当時四十路の頃、現在は五十路くらいといえど爺のように身長が縮むこともなかろう。
     しかし、服部半蔵が六尺もある大男と言うのが常識なのは忍びの世界の話。わらわがそれを指摘するのはわらわが忍びであると伝えるようなものである。
     またクナイなどを見られるわけにもいかぬのだが、どうしたものか……。

    「服部殿、部屋を用意させましょうか」
    「いえ、姫様の護衛ゆえ、離れるわけには」

     そういって服部半蔵は入口を塞ぐように胡坐をかいた。

    「ね、寝る時もそこに?」
    「天井裏におりましょうか」
    「……では、そこに」

     もしや、徳川殿はわらわがはやてと知りつつこの男を置いて行ったのであろうか。あの狸、あり得る。
     断じて、この男の前で寝るものか。

    「わらわしかおらぬ場所でも、口布は取らぬのでしょうか」
    「……拙者は、闇の者なれば」
    「まあ良いでしょう。……どのように東海へ参りましょうか。我らは少数精鋭と言ったところ……旅の者にでも扮した方が良いかと存じますが」
    「姫様の知略の通りに致しましょう」
    「父上もわらわの遊びと考えているようでございますし……、手柄を立てて鼻をあかしてやりましょう。服部殿も一武将でありながらわらわの子守などと思っていらっしゃるかもしれませぬが」
    「いえ、美しい姫様をお守りできるとは僥倖でござる」

     お互い猿芝居といったところか。
     じっと見ると、服部半蔵はぷいと目を逸らした。

    「……姫様と呼ばれると無用な警戒をうみますゆえ、偽名を呼ぶのはいかがでしょう」
    「巴様ではなく……?」
    「えぇ。そうですね……わらわのことはつばきと」
    「では拙者は正重とお呼び下さい」

     正重。服部半蔵正成の息子が、そのような名であったような。
     次男か。

    「では正重。よろしく頼みますよ」
    「御意」
    「そろそろ……寝まする」

     考えてみれば、わらわは常に里のはやて様が不意打ちしてくるので寝ていてもある程度対応できるようになったのであった。
     しかし幼き服部半蔵はそうではなかったようで、身じろぎもせず朝を迎えた。

    「服部殿……」
    「……」
    「正重」
    「う……ん……」

     頭にすっぽりかぶっている布を取り去ると、予想通り年端もいかぬ子どもであった。
     近付いても起きぬどころか、むにゃむにゃと寝言を言うておる。
     主に言うべきであろうが、ここで火種を作っては泰平の世が遠のく。しかし、徳川殿が懐刀と偽り違う者を寄越してきたことには変わりない。謀反でも起こされてしまえばどのみち泰平の世が遠のくのだ。

    「……」

     主に決めてもらおう。
     主の元へ向かい、服部半蔵がおそらく偽物であることを伝える。……と、主は大笑いした。

    「徳川殿、舐めとるなぁ。わしが子どもは手にかけんと思っとんやろ」
    「……今ならば、悲鳴一つ上げずに楽にできるでしょう。しかし、このままあの子どもを無事に返せば油断させておくことも可能。その後徳川殿を監視しておいた方が一網打尽にできるのでは」
    「一網打尽か、それがええ」

     わらわが提案したこととはいえ、怖い御方だ。

    「そちらの方が、わらわも伊賀衆の忍術を見極めておくことができるのでよろしいかと」
    「せやな。まぁ、今回は徳川殿も頭数に入れとるし……。ほんなら、まずは北条征伐に集中せい」
    「御意」

     部屋に戻ると、正重が飛び起きた。まさに、ただの子ども。

    「……! 口布が」
    「噂の忍びも、意外と若いのでございますね。若いと侮られることもあり大変にございましょう」
    「さ、左様にござる……」

     目が泳いでいる。わらわが里に拾われたくらいの年の頃であると思えば、致し方ないか。生まれた頃より里にいると、ある程度はできるのであろうか。

    「さて、着替えて出立にございます」
    「御意」

     正重は馬鹿正直にほっとしたような顔をした。
     聚楽第を出たところで笠を買うことにしたが、子ども連れで歩くには小田原は遠すぎる。途中まで籠で行くことにして、使い道もない小遣いを使うことにする。
     これには一応理由がある。体力が余っていれば、正重はおそらく鍛錬をするであろう。謎に包まれている伊賀衆の忍術を見極められる可能性が高くなる。大半の理由はゆっくり歩いてただ疲れるくらいなら寝ていた方がマシであるからだ。

    「はぁー、宿を取ろう」

     代わる代わる籠の持ち手が交代し、駿河まであっという間についた。長らく同じ体勢でいるというのも辛いもので、わらわも正重も心なしか疲れていた。
     姉弟と偽り部屋を取り、横になる。正重も同じくごろんと寝転がった。
     可愛い顔をしている。このような子どもでも、成長するといかつい武者になるのであるから驚きだ。そうしてわらわが予想した通り、正重はわらわが寝たのを確認すると宿を出た。まぁ、わらわは狸寝入りであったわけだが。
     正重がやってきたのは街の外れ。わらわは、一番近い家の屋根に寝転んで観察することにした。
     わざわざ外れに来るくらいであるからさぞ派手な体術なのであろうと思っていたが、正重は何やら腹の前で指を組んだり絡めたりと指の体操をするばかりであった。あれならば宿でもできそうなものである。やがて正重が戻るそぶりを見せたので屋根を伝い宿へ滑り込む。

    「……姫様」
    「……」
    「父上ならば姫様を守れるのに――……」

     なんといじらしいことであろうか。本当にわらわが武者の姫であると信じているのであろうか。これが演技でないならば、徳川殿がわらわの正体を知っている可能性は低い。
     しかし、この様子では正重はまともに戦うことはできないのではないだろうか。そのような者を寄越してきた徳川殿は、遠回しに主の養女が討ち死にするように仕向けているのではないか。いや、むしろ暗殺さえもあり得るということ。
     わらわが寝ている間に伊賀衆と接触されたら厄介だ。

    「正重」
    「!」
    「眠れないのですか?」
    「あ、あの……」
    「こちらへおいで」

     正重の手を掴んで、隣に寝転ぶ。抱き寄せると、正重はふふふっと笑った。
     そうしてしばらくして、正重は苦しげに息を漏らした。

    「……姫様」
    「何でしょう」
    「拙者は、服部半蔵ではござらん……。申し訳ない」

     はっと正重の顔を見ると、大きな瞳に涙を浮かべ、わらわをじっと見ていた。

    「ここならば、伊賀の里が近く、きっと……父は無理でも、兄者や他の者が姫様を守れる……」
    「まあ」

     正重の涙はとめどなく溢れ、悔しがって柔らかそうな唇をかみしめている。
     可愛いな。対して、心のどこかでこれすらも演技なのではないかと疑うわらわのなんと可愛げのない。
     その涙を拭ってやると、正重は少し恥ずかしそうにした。

    「正重、そちはどのような命令を受けたのでございますか?」
    「姫様を、守るようにと」
    「それだけにございますか?」
    「はい」

     ふむ、ということは、この子は捨て駒か。
     わらわ達は無謀な初陣で討ち死にという台本が書かれているということか。仮に生きて戻れば徳川殿の評価が上がり、服部半蔵が死したとすれば痛手なく動きやすくなるであろう。

    「これはそちが受けた命令にございましょう。できる限りのことを全うしなさい」
    「……御意のままに」
    「そちも多少は心得がございましょう?」
    「鎖鎌は、多少。秘術に関しては……」
    「秘術?」
    「遁走術とも。こう、印を結びて呪詛を唱えるもので、火遁、水遁、土遁、木遁、金遁というふうに五行を操る術にござる。大抵は火薬玉などで代用し、敵を怯ませ逃げる時に使い……」

     五行を操る?

    「例えば、火遁であれば炎が出るのか?」
    「左様にござる。ただ、伊賀ではそれぞれ術の素があるのでござるが、流派が分かれた甲賀では印と呪詛だけで術を操ることができ――」

     確かに秘術。真似できそうにもない。
     散舞が走術と体術、風魔が投擲術……秘薬もあるか。伊賀と甲賀はこの不可思議な秘術?

    「その秘術とやらは皆が使えるものなのか?」
    「使えるのは上忍の一部で、父は使えまするが拙者は――……あの、姫様?」

     しまった。わらわは今、巴姫であった。姫言葉を忘れていた。

    「やはりただの武士とは違うのでございますね。わらわにも教えてくださる? きっと良い鍛錬になりましょう」
    「!」

     正重は素直に頷き、泣いていたのも忘れてにこにこと笑った。
     先程そうしていたように、街の外れに来て、呪詛とやらを唱えながら指を組む。正重は大真面目に印を結び、呪詛を唱えた。
     わらわもかようなことで火が起こせるならば野宿が楽になると思いて正重を真似てみる。……と、わずかに落ち葉が光り、焦げ跡がついた。

    「……」
    「姫様、どうされましたか」
    「……いえ、何も」

     野宿ですら使えぬような焦げ方であるが、正重のいうことはあながち妄言でもないのか。

    「やはり、拙者では……。得手不得手があり、親子でも才能が似ることはないようで」
    「左様にございまするか……」

     すっかり気を取り直した正重と共に小田原を目指す。問題は、わらわの顔が風魔小太郎に知られていることか。正面から入るのは難しいであろう。
     わらわ一人ならばどこからでも侵入の策はあるのだが……。

    「正重、小田原城をおととさま達が包囲するまでしばらくあります。正重は町に馴染み、何か情報を持って帰るのでございます。その間、わらわと接触し企てが露見するようなことがあってはなりませぬよ」
    「御意」

     正重を見送り、町に背を向け武家屋敷が建ち並ぶ三の丸へと向かう。適当な屋敷の天井裏を間借りし、重い着物を脱ぎ捨て正重が始めにしていたように顔を隠す。
     本丸への侵入は、当然二の丸から。堀からは上がれそうにもない。
     とかく風魔小太郎に見つかってはならぬ。過去二度に渡り出くわした時は敵ではなかったが、いつかに向けて投げた針の速さは並みのものではなかった。並みのものであっても何人も相手に出来るものではない。……となれば、少しずつ倒していくのが良いな。
     先程正重に習ったように印を結び、呪詛を唱える。何度か続けると暗い天井裏に火が灯り、やがてちりちりと燃え広がっていく。屋敷から出て見上げると、じわじわと火の手が上がり始めている。

    「……わらわは天才やもしれぬ」
    「何が?」
    「!!!!」

     胸がどきりと跳ね上がり、声を上げそうになった口元を押さえ振り返る。
     気配など感じなかった……。

    「兼久」
    「今ははやて。派手にやってるけど、どうしたんだ」
    「……貴様、今どこに召し抱えられておる?」
    「俺は今小田原のはやてやってる」
    「なぜここにわらわがいることを知っている」

     旧知とはいえ、あまりに不自然な登場に思わず距離を取る。

    「伊賀の子どもがいたから情報収集に回ってたんだよ」
    「あぁ、正重か……」
    「……人が集まってきたな。こっちだ」

     兼久に連れられて、人気のない路地へ入る。
     兼久は、しばらく見ないうちに声が低くなっていた。手も大きく、背もわらわを引き離している。

    「近々我が主が北条を征伐する」
    「あー、先回りか」
    「左様。主がわらわを召し抱えたのは風魔対策だ」
    「だからお前が選ばれたのか」
    「まぁ、蹴散らしたのはどちらかといえばいつかであったが……。ちょうど我が主が朝廷の復権をしたゆえ、いつかはあちらへ行ったようだな」
    「よし、手伝う。小田原城には何度か入ってみた」
    「侵入名人だな。そういえば、伊賀にも行ったことがあると肥後のはやてから聞いたが」
    「あぁ、あれは本当に迷い込んだだけ。火柱が上がりながら追いかけられるんだぞ。あの時は本当に覚悟した」

     火柱か……、やはりわらわのような火種にもならぬような火とは精度が違うか。

    「変な術だよ、ったく。よし、侵入は明朝、卯の刻。城に食材を運び入れる業者に紛れるんだ」
    「あいわかった」

     それからわらわは兼久が暮らす家で時間を潰すこととなった。昔話に花が咲き、気兼ねなく過ごせる一晩であった。
     朝、兼久が何気なく歩いて行き、荷車から降ろされた野菜籠を持って城へ堂々と入るのについていく。野菜を持って入った後は、着物を拝借して女中の格好で場内をうろつくこととなった。

    「二手に分かれよう。とかく風魔の数を減らす」
    「承知した」

     とはいえ、わらわじゃあるまいし忍びが城の中を我が物顔で歩くことはない。
     どこか詰所があるはずだ。

    「……?」

     それらしい部屋を見つけ、入ると同時に切りつけると、さすがというべきかすぐさま反撃があった。しかしわらわに投擲針を投げた一部が味方に当たり総崩れしている。多くの風魔がいる部屋で、わらわが手を出したのは数名にも関わらず部屋は壊滅状態となった。

    「……ここにいたのは阿呆ばかりなのか」

     同じように部屋を探して回ると、ちょうど投擲の練習を行っている部屋に当たった。扉を開けた瞬間投擲針が顔の真横に刺さる。血の気が引く思いでいたら、投げた者が前に出て謝罪の言葉を述べた。

    「構わぬよ」

     クナイを握り直し、十字に斬り捨てる。奥に踏み込み、同じように斬っていくと幾ばくかの投擲針が顔を掠めたものの簡単に片が付いた。
     風魔は投擲という特性上、近接には滅法弱いらしい。これならば、小田原城の戦力を大幅に削っていくことができる。
     兼久もうまくやっているのか、城内がにわかに騒がしくなってきた。

    「白雪!」
    「!?」
    「逃げろ、風魔小太郎だ!」

     風のように兼久が去っていくのに追いすがる。なるほど、引き離してはいるがあのいけ好かない男が迫ってきていた。

    「今逃げては次の潜入が……っ、いっ、た」

     肩が燃えるように熱い。
     あの風魔の秘薬とやらを飲まされて以来、痛みなどほとんど感じなかったというのに。

    「どうした!?」
    「肩、やられ、た」
    「くそ、行くぞ」

     兼久に手を引かれ、廊下から窓に足をかける。声をかける間もなく、兼久に手を引かれたまま宙を舞う。一瞬であったのか数刻であったのか曖昧な時が流れ、冷たい堀に飛び込んだ。

    「い、息が、止まるかと」
    「長らく一線で活躍してきた忍びってのは恐ろしいな」
    「どうする」
    「雪解けも済んだとはいえ、まだ寒い。戻らないと」
    「戻ったら、やられるぞ。あやつは街中もよく見ている。兼久も家はもう使えぬはずだ」
    「だからって、焚き火でもして乾かしてたら煙で居場所を伝えるようなもんだ」
    「いや、この時間ならば朝餉を作っている。それに乗じるならば今しかない。それに見ておれ。伊賀の秘術を聞きだした」

     驚く兼久を前に、印を結んで呪詛を唱える。
     小さな火をいくつかつけると、昨晩のように火が起こった。

    「どうなってんだ」
    「わからぬし、火柱には程遠いが、火を起こすのには良いであろう」

     火にあたりながら兼久に肩の傷を確認してもらうことになった。着物をわらわの体に留めるように投擲針が刺さっているようだ。

    「こんな傷、意識が飛んでもおかしくない」
    「……どうしたものか。おそらく、今は針が栓になって血がさほど出ていない状態……」
    「町医者に行こうものなら風魔の餌食だろうな」
    「……ならばもう、ここで抜き、止血し続けるしかない。幸い、さほど痛みを感じぬ身」
    「いいのかよ」
    「よい」

     しばらく押し問答していたが、結局兼久が折れてわらわの肩に手をかける。勢いよく針を抜かれ、血が出るのを感じた。
     強く傷口を押さえられて痛みに耐えかねて声が漏れる。塗られた毒は、痛みをまた感じるようなものなのであろうか。

    「ぐ、ぅ……」
    「大丈夫か?」
    「大丈夫……」
    「白雪、毒を吸い出すからもう少し我慢しろ」

     兼久がわらわの傷口に口を寄せる。ぞくりとした後、ぢゅるりと血を吸われる嫌な感覚がした。

    「あっ、痛いっ、やめて、兼久!」
    「もう少しだから」

     兼久がぷっと血を吐き出すと、どす黒くなった血はわらわに恐怖を与えた。

    「ただのお武家の姫さんがよくやってるよ」
    「う、ぐ……、い、痛い……っ」
    「着物破れるか? 俺が押さえとくから、細長く切ってくれ」
    「う、うん……」

     着物を細長く切って兼久に手渡すと兼久は腕が動かせる程度に包帯として巻いていく。

    「……痛い……」

     ある程度着物が渇き、クナイを研ぐなどした頃に多数の軍勢が押し寄せてきているのを兼久が掴んでいた。

    「山中城は数刻で落ちたみたいだな」
    「あとの支城といえば韮山か」
    「開城も時間の問題だ。一度本陣に戻ってはどうだ?」
    「そうする。兼久は?」
    「俺は小田原のはやて。町人に戻るよ」

     兼久に背中を押され、主が本陣をしいている地へと向かった。主には悪いが多勢に無勢、既に勝敗は決している。

    「主殿」
    「はやてか。首尾はどないや?」
    「風魔は頭領を残し壊滅。受け渡された忍びは何もできない子どもゆえ、偵察に当たらせておる次第」
    「……? 怪我したんか」
    「風魔の頭領だけは化け物のような奴なれば……。あまり我が攻めても主に卑怯者の名が付きましょう。傷を癒す暇をくだされ」
    「ええで。巴として徳川殿の庇護下におってくれ」
    「御意」

     徳川殿の監視を兼ねるということであろう。
     三の丸へ戻り、着物をまた着替える。町へ行くと、正重が飛びついてきた。

    「姫様!」
    「これ、外ではつばきであったはず」
    「つばき様、ここは危険でござる」
    「そうでございますね」
    「狼煙を上げたゆえ、父が迎えに参りまする!」
    「それは……助かりもうした」
    「『半蔵』殿。迎えに上がった」

     六尺ほどの大男。
     これがおそらく当代の服部半蔵。

    「そなたが巴御前にござるか。幼くとも我が頭領、いかがであったか」
    「良くしてくださいました。ね、半蔵殿」
    「姫様……」

     あぁ、今度こそ猿芝居だ。
     一応、半蔵として通さねば主の名誉が立たぬということを理解してか、正重は唇を固く結んで頷いた。

    「徳川殿に御挨拶を」
    「拙者が連れて行こう。半蔵殿はあちらで疲れを癒してくだされ」

     この服部半蔵、楽しげに下忍のふりをしている。
     正重に軽く会釈して徳川殿の元へ向かったところ、徳川殿は一瞬顔を強張らせた後に笑顔でわらわを出迎えた。

    「半蔵はうまくやったようで」
    「えぇ。良い臣下をお持ちでございます。失礼ですが徳川殿、わらわを少しの間ここに置いてはくださいませぬか。半蔵殿と少しはぐれた際に怪我を負い、おとと様の陣へ向かうのも辛く……」
    「それは大変にござる。医者へ見せましょう」
    「拙者が」

     何故、こいつが付くのであろうか。徳川殿の臣下ならば、腹心の半蔵ではなく別の者でもいいはず。
     わらわと主がそうであるように、徳川殿はわらわの正体を知らぬが服部半蔵は知っている?
     ……監視にはちょうど良いが……。

    「えぇ、よろしく……」

     さて、どうしたものか。
     医者に傷を見せ、薬草を塗りこまれる。丁重にもてなされている。

    「……服部半蔵殿。いくら忍びに疎い父上も、正重殿が半蔵でないことはお気付きにございますわ。まだ子どもなのに、父上の逆鱗に触れ手討ちにされる可能性もございましてよ」
    「あのうつけ者、名乗ったのか。しかし半人前の愚息が生きてこちらへ来たことこそ、貴殿がただの姫武者などではないことの証」
    「えぇ……物見遊山で戦場に行きたいと言うてしまった愚か者……。結局、戦場には近付けもできませぬ。姫武者などではございませぬ」

     服部半蔵はふっと鼻で笑った。

    「あくまでしらを切るか。まあ良かろう。今のところ、豊臣公に付いていた方が得策。我が主は謀反するつもりは欠片もない」
    「当然にございます」

     今のところ、か。
     その後ものらりくらりと徳川陣営に留まり、徳川殿及び服部半蔵の様子を見ていたが、言葉通り怪しい動きはなく、一人でも人命を散らさずに泰平の世を迎えられるように尽力しているようであった。
     我が主から戻ってくるように命令があったのは、北条攻め――後の小田原征伐が北条の降伏によって終わった後のことであった。
     そうしてここに、主が目指した泰平の世が明けた。

    2016/05/06公開