永遠少年症候群

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     随分寝た気がする。起き上がると、玲は既に起きていた。傍には回復薬の空瓶が転がっている。

    「玲、調子はどう?」
    「……うん、ほとんど治った」

     確かに、玲の手は(鎧が壊れ、服が破れてはいるけれど)あの痛々しい傷がふさがっていた。
     それでは、なぜこんなに不安げな顔なのか。

    「……指が、思うように曲がらないの」

     そういって、玲が拳を握ろうとする――が、人差し指がうまく曲がらないようだった。
     戦闘不能になったせい? それとも、精神的なもの? ――わからない。

    「……塔に戻らなきゃね」
    「うん。……玲の装備も拾ったのにかえて、揃ってないものは買おう。ダンジョンでは宝箱は開けないようにしよう」
    「うん」

     僕の考えが甘かった。
     このままゲームが続けばなんて。
     玲に促されて宿を出る。……と、黒いローブのあいつ――《Master》――がいた。

    「お前! なんでここに!」
    「それはこちらのセリフだ。なぜそっちの娘が生き返っているんだ!」
    「え?」
    「ルールはもう変えられないのに、何なんだ」

     意味不明なことをブツブツ呟く奴は、今までと違ってフードが浅く、白い顔が見えている。その顔は、なぜか玲にそっくりだった。玲にそっくりな顔なのに、声は低い男だ。

    「……烈……?」
    「……行こう、玲。早くクリアしよう」
    「絶対――……食ってやる」

     不吉な宣言を背に、僕たちは再び塔へと向かった。

    「さっきの人烈に似てた」
    「うそ。僕は玲に似てると思ったけど」
    「不思議。玲達、瓜二つってわけでもないのにね」

     もしかしたら、見る人によって姿が違うのかも。――って、そんなこと考えてる場合じゃない。
     さっき、奴は確かに「ルールはもう変えられない」と言った。ルール。何か、チュートリアルとかのシステムを変えたことか? じゃあ、もう僕たちは奴の妨害を気にせずにただクリアすればいいのか?
     考えている間、無言だったけれど、玲も考え事をしていたようだ。久しぶりに会話らしい会話をしたのは、塔の最上階手前の階段。

    「けっこう強くなったね。このモンスター、さっきは一撃で倒せなかったのに」
    「だって玲と僕は最強、でしょ?」
    「うん、玲と烈は最強!」

     玲がいつもの笑顔でニッと笑う。
     階段をのぼりきると、ガランとした部屋に出た。

    「ボスらしいものはいな――……いた。うえ……蜘蛛じゃん」
    「小さいね」

     キュピー! という鳴き声を発して、最上階にいたモンスターとバトルになった。それは簡単に倒せてしまった。蜘蛛嫌いの玲が必要以上に強い魔法を使ったっていうのもあるかもしれないけど……。

    「本当にこれだけ!?」
    「部屋を出たら強制バトルとか……」

     ……しかし、塔を出ても何もない。町に戻って送り出してくれたおばさんに話しかけてみると――……。

    『ありがとうございます! モンスターの巣は、町の東にある結界の塔のすぐそばです』
    「あれ?」
    『ありがとうございます! モンスターの巣は、町の東にある結界の塔のすぐそばです』
    「……えー?」
    「ねぇ、烈。もしかして、塔の中じゃなくてモンスターの巣に行かなきゃいけなかったんじゃないの?」
    「えー!?」

     もう何回目だろう。体力回復薬と魔法力回復薬を買って、僕たちは再び塔を目指す。正確には、塔のそばのモンスターの巣。巣はすぐに見つかった。なんで見落としてたんだろうっていうくらい、簡単に。

    「あれ? 誰か戦ってる」
    「ほんとだ」
    「町の人かな」

     バトルしている近くに行ってみると、少年が一人で戦っていた。中学の体育ジャージ、日に焼けて傷んだ茶色い髪――。

    「大輔、なんでここに!?」

     大輔が振り返る。大木大輔。サッカー部のやんちゃな奴――……いわゆる、親友だ。

    「よっ! 元気そうだな」
    「よっ! じゃない」
    「お前らが倒れたっつーから見舞い行ったら、なんか外に放り出されたんだよ」
    「お、大木くんっ、」

     玲パジャマだ、なんてどうでもいいところで玲が目を白黒させる。パジャマというか、その上に鎧を着ているんだけど。

    『私は町の衛兵、クラッド。騎士様、ちょうどいいところにいらした。少々手こずっているのです』
    「新加入キャラか……」
    「なぁ、これ何? マジで戦うの?」
    「そうだよ。説明は後だ」

     玲と僕が武器を構えると、大輔は回復薬をごくごく飲んだ。すると、イベントに入ったようでメアが剣を改めて抜いて構える。モンスターは大きな蜘蛛だった。玲がひいっと小さく悲鳴を上げる。

    『民の生活を脅かすモンスターめ!』
    『なんだ、王国軍!?』
    『モンスターが喋っただと!?』
    『ふん、王国軍でも関係ない。おいで、我が子達!』

     子蜘蛛がキュピー! と集まってくる。3匹だ。

    『1、2、3……これだけだって!?』
    『塔にはびこっていたモンスターは退治した』
    『なんだって!? 子ども達、行くよ!』

     ようやくバトルが始まった。大輔がブーメラン――全体攻撃ができるので僕も買おうか迷った――を投げると、子蜘蛛達がキュピーっと倒れていく。

    「えいっ、風の刃!」

     玲の魔法で、大蜘蛛にかなりのダメージを負わせた。
     よし、僕も――……っと、斬りかかる直前、大蜘蛛がびゅっと糸を飛ばしてきて、身動きがとれなくなった。

    「烈っ、あーもう、まだ状態異常回復できないよー! 風の刃!」
    「えいっ」

     ブーメランは全体攻撃ができる分、やっぱり剣よりは攻撃力が低い。大体、玲と大輔が2回ずつくらい攻撃したあたりで、動けるようになった。

    「よしっ、いけ!」

     ゲージが最大になった時に斬りつけると、勝利のファンファーレが鳴った。

    『ああ、子ども達……、子ども達……』

     大蜘蛛は、なんとも後味の悪い消え方をした。町に戻ると、町ではモンスターを倒したことを既に知っていてお祭りムードになっていた。

    『騎士様、ありがとうございました!』
    『いえいえ』
    『そういえば騎士様、黒い甲冑の騎士様を探していましたよね。その方が西の森に行くと言っていたのを思い出しました』
    『西の森を抜けると隣国に出ますが、危険なところ……。追いかけるのなら、夜が明けてからの方がいいですわ』

     西の森……、ダンジョンだろうか。町の人の言葉もあり、玲のお姫様が今日は休もうと言い出したので僕たちは強制的に宿に戻ることになった。

    「で、どういうことだ?」
    「うーん……、なんか、マイナーなRPG買ったんだ。そしたら、ゲームの中に入って、ゲームオーバーになったら死ぬって言われて――……」
    「死ぬのか!?」
    「クリアすればいいんだよ」
    「大丈夫、2人より3人の方が心強いよ!」

     玲がニコニコと笑う。玲は町に戻ってすぐ、パジャマの上に着ていた、腕の防具が壊れた鎧だった装備を革のドレスに変えて着替えている。僕はパジャマでもいいけど大輔の前では嫌なのだろう。
     玲は大輔のことが好きなのだろうか。

    「……烈?」
    「あ、いや――……なんでもない」

     宿の入口で、突然イベントに入ったようで僕の足はとまった。玲のお姫様と大輔のクラッドはずんずん入っていく。

    『メア様』
    『ん?』
    『わたくしどもは、この町に残ります。ご一緒して姫様の無念を晴らしたいのですが、こうもモンスターに襲われていては放っておけません』
    『そうか。王国軍の兵士としては当たり前の選択だ。ここからは国も変わるし――……寂しいが、ここでお別れだ』
    『いい報告を、お待ちしております!』

     いや、別にこの兵士はバトルにも全然参加しなかったしいいんだけどさ。
     大輔が翌朝のイベントでパーティに入るのだろう。そうでなければ、大輔が動ける意味がない。……っていうか、大輔にも装備揃えたし。
     自由に動けるようになって、宿の階段をあがっていくと玲が大輔に戦い方のレクチャーをしていた。大輔の奴、適当にブーメランを投げていただけなのか。そういえば、大輔の性格なら剣がいいと言い出すかと思った。意外だな。

    「じゃあ……、玲は、隣の部屋で寝るから」

     玲が立ち上がる。そうか……、大輔がいるから、気にしてるんだ。玲にとって、どうなんだろう。好きな人(たぶん)と一緒にいられて嬉しい? それとも、何とも思っていない他人がいて煩わしい?
     僕だったら――……どっちでもストレスになる。好きな人に見せる自分はいつも完璧でありたいし、なんとも思っていない他人と四六時中一緒なんて考えただけで嫌だ。
     僕は、大輔に関してはまったく気を遣わなくていい相手だけど……。

    「おやすみ、玲」
    「おやすみ」
    「……おやすみ」

     玲が出て行って、大輔がごろんとベッドに寝転がる。

    「夢見てるみたいだ。まだ信じられない」
    「……僕たち、一度現実に戻ったんだ。感触が、残ってた」

     人を殴りつける感触が。玲はあれから、お姫様になって一度も杖を棍棒代わりにはしていない。

    「これは、本当なんだ。ゲームオーバーになったら、きっと本当に死ぬ」
    「ゲームオーバーって、全滅したときだけだろ?」
    「まぁ……そうみたいだけど」
    「3人で力を合わせれば、大丈夫だって」

     そうだろうか。
     大輔は、こんなことを言うような奴だっただろうか。

    2016/05/05公開