永遠少年症候群

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マティアス 喪失と別れ

 空は青いというのを、つい最近知った。成体になってからというもの、魔力が安定せずに眠れやしない。そんな時に何重も紫外線避けを施された窓から見上げたのが、透きとおる水色の空だった。
 ――明るい。
 夜目が利く吸血鬼には明るすぎるほどの陽の光は温かく、女神に愛された生き物だと人間が錯覚するのもわからなくもないと思った。

「……眠い……」

 学校に通っていた頃――……ほんの40年前には、まったく気にならなかったのに。やはり、成体になると本格的に人間とは異なる構造になってしまうらしい。
 どうせなら全く違う造形にしてくれたら、人間のことなどただの家畜と割り切れるのに。こればかりは、創造神だという女神を恨むしかない。
 趣味のために借りた一軒家は、本棚で埋め尽くされている。その本棚に並ぶ本はほぼ人間の手で書かれたものだ(とはいえ、中でも人間が迫害してきた魔法使い達だが)。
 僕のもっぱらの趣味は数百年前に家出して以来消息が途絶えている貴族のお嬢さんを探すこと。最も残虐で最も美しい、そんな風に形容される《深紅》クリムゾン。血色そのものの通り名を持つ彼女は今何を思ってどこにいるのか。彼女の世代には謎が多く、彼女と仲が良かったというジョセフ・ブラッドレー卿……《純血の光》ブラッド・レイも旅行に行ったっきり帰っていないらしい。彼を探してもいいけど、いつか見つけるなら気取った純血主義者よりは美人のお姉さんの方がいい。
 《深紅》が家出したのが1590年。実に470年前。彼女が自殺するようには思えないというのが彼女を知る先輩の意見だけど、吸血鬼は不老不死で、だからこそ唯一の死因は自殺だ。470年も見つからないとなれば、先輩には悪いがどこかで自殺でもしてるんじゃないかと思っている。実はあんまり真剣に探しているわけではない。
 ベッドに横になったまま、サイドテーブルに目をやる。西暦2065年5月19日、午前11時52分。正確なデジタル時計は親切に秒数まで教えてくれる。時計がないからと友人が置いていったものだ。太陽は昇りきって、空は高い。

「マティアス、起きてる?」

 不意に飛び込んできた声に、我に返った。時計をくれた友人がドアを控えめに開けて顔をのぞかせていた。

「……起きてるよ。どうぞ入って」
「鍵開けっぱなし、やめた方がいいって言ってるのに」
「玄関にも日光が当たるから」

 成体になって初めて一人暮らしを始めた時、僕は少しだけ人間の街に近いところを選んだ。そこで近くに住んでいたのが彼女だ。目を引く白い髪と人を射抜くような赤い瞳。先天性色素欠乏症。髪の色は抜け落ち、瞳の色もないために血の色を帯びている。すぐにわかった。僕が少しだけ人間の街に近いからと選んだ町を、彼女は人間の街から離れているから選んだのだと。
 真夜中の散歩中に出会って以来、何かと世話を焼いてくれるようになった。

「はい、白パンでよかったかな」
「ありがとう」

 『紫外線アレルギーで日中は外に出られない』と言うと、彼女は昼間に買い物をして持ってきてくれた。そういう気遣いはありがたい。僕の主食は血液なわけだけど。
 血液といえば、一度だけ彼女が指を怪我したとかで、ほとんど衝動的に舐めてしまったことがあった。久しぶりの人間の血だったからか、酩酊して倒れてしまった。そういえば最近血を飲んでいない。実家からの仕送りの血液パックも飲みきってしまった。
 血が飲みたいなぁ。彼女の血は、瞳の色のように綺麗だった。そんなことを考えていると喉が渇いてしまう。

「ジャムを作っといたよ」
「へぇ、ちょっと食べていい?」
「うん」

 ベッドに座ったまま、白パンにジャムを塗りたくる。ベッドに零れるから、と彼女が怒ったような抗議の声を上げるが気にしない。
 ベリーだろうか。人間の滴る血のような真っ赤なジャムは、血が飲みたいと考えていたからか鉄分のような味がした。それどころか、血の味に似ていた。

「美味しい」
「よかった」
「でも、何の味かよくわからな……」
「どうしたの?」
「ううん、何でも」

 慌てて自然体を装う。けれど不審な顔をしていなかっただろうか。強烈な、血液でしか癒せないはずの喉の渇きが消えた。とても奇妙で、おかしいこと。
 彼女は何のジャムを作ったのだろうか。

「マティアス、顔色が悪いけど……」
「そ、そのジャム、さ」
「ん?」
「何で作ったのかなあ、と思って」
「あぁ、私の血だよ」

 絶句。まさに絶句だった。
 道理で知ってる味だと思ったとか、君は心の病気でも患っているのかとか、おどけて見せようと口を開いては噤んでしまう。

「マティアス……っていうか、レオンハルト家って言ったら吸血鬼の中でも公爵だもんね。人が襲われた様子もないし、辛いんじゃないかと思って」
「な、なんで爵位まで……!」
「美味しかったでしょ? ならいいじゃない」

 彼女は本棚からいくつかの本を引っ張り出しながら事もなげに言う。

「僕が吸血鬼だと知った上でここに来てたの? 人間を襲うかもしれないとわかっていて?」
「あー……うん、まあ、そうだね」

 白い髪がさらりと揺れる。もしかして自殺志願者なのか? その美しい容姿を苦に。

「僕が君を襲うかもしれないと思って来てた?」
「んー? 別に、大丈夫だし」
「どういう……」

 彼女が読んでいた論文を閉じてこちらを見た。途端、体が金縛りにあったかのように動かなくなる。ギリギリと締めあげられるような感覚に声も出ない。
 魔女、か。しかも、詠唱破棄できるほどの力の持ち主。

「ね、大丈夫でしょ」

 彼女が目を細めて首を傾げるとふっと体を圧迫する感覚が消えてベッドに倒れ込む。

「……普通の人間だと思ってた」
「あ、もしかして人間を襲わなかったのはそのせい?」
「一応」

 目を反らすと、彼女はくすくすと笑った。僕はというと、図星をさされて顔が赤くなっているらしい。耳まで火照っている。

「私は人間からは人間だなんて思われてないよ。白い髪も、血色の瞳も、化け物のようらしいからね」

 人間、とやけに冷めた声で口にしている言葉を彼女はどう思っているのだろう。

「……君からは魔力を感じない。だから人間だと……」
「吸血鬼なのに魔法の知識があるの?」

 それは、彼女にとって想定外だったのだろうか?

「魔法学校に通ったから……。とにかく、魔女の魔力を感じないなんて、おかしいじゃないか」
「ふーん。不思議だね」

 彼女が興味なさそうに言って、新しい論文に手を伸ばす。ドロテア・チェスティの創世論。パラパラとめくり鼻で笑いながら読み進めている。
 魔女の詠唱破棄は通常、何らかのわかりやすいアクションを起こす。指を鳴らしたり、宙に字を書いたり。僕は舌を軽く噛むと使える。彼女にはそれがなかったように思う。でも詠唱破棄登録は魔法学校で習うから、彼女はきっと魔法学校を卒業しているのだろう。

「どこの魔法学校?」
「学校なんて行ったことない」
「なんだって?」

 詠唱破棄も、何もかも独学? そんなの、ドロテアくらいのものだ。
 もしかして、彼女がドロテア? いや、……彼女はもっと傲慢で、確か白髪ではなく金髪だと聞いたことがある。あといつもドレスを着ているとか。変装くらい簡単にできるだろうけど……。いや、魔女ドロテアならば、その魔力を感じないはずがない。
 ベッドから立ち上がって彼女の横に立ち、肩を掴んでこちらを向かせる。両肩を掴んでしまうと、彼女は少しだけ戸惑ったような顔をした。

「魔法って、生まれた時から自然に使えたの?」
「小さい頃、突然」
「ふーん……」
「私の話はいいじゃない。残りのパンを食べて」

 ふと、彼女の顔をまじまじと見つめる。

「な、なに?」
「……僕、君の名前知らない」
「おや、気付いたね?」

 わざと、そういう風に誘導していたのだろうか。それとも、気付かせない魔法なのだろうか。

「私には名前がないんだよ」

 彼女が論文を戻すので、一緒にテーブルにつく。
 そういえば、どこから血を流したのだろうか。手首かな。彼女がしゃべる間に手首を掴んで持ち上げてみたけれど、真っ白く透けるようなすべすべの肌には傷一つなかった。

「好きなように呼んだらいいよ」
「名前がないっていうのは、どういうこと?」
「そのままの意味」
「奪われたのかい?」
「違う。元からないの」

 彼女は、まるで天気の話をするような調子だった。
 名前は生まれた時にもらう最初で一生ものの贈り物のはずだろ。だけど、彼女が気にしないのなら――もし、そう装っているだけだとしても――僕が感傷的になるのはお門違いってものだろう。

「なんて呼ぼうかな……。何がいい?」
「そんなに悩むようなこと? 今まで困らなかったのに」
「そりゃ、悩むよ」

 血のジャムをべったりと塗ったパンを口に入れながら、美しい彼女を眺める。白い首、瞳と同じく血管が透けたような赤い唇に思わず喉が鳴った。

「何?」
「君の血って、おいしいよね」
「そうなの? 不健康だから美味しくはないと思うけど」
「一度舐めた時に、酔っぱらったみたいに」

 あれは、濃い魔力のせいだったのだろうか。
 そういえば、どんなに強大な魔力をもっていても魔力を感じない条件が一つある。

「自分に含まれる魔力を持つ者の魔力は、感じない」
「どういうこと?」
「たとえば、僕の魔力は父と母の魔力が混ざっているので、両親の魔力は感じない。同じく祖父母のも、その親のも……。つまり、僕の場合は魔力を感じないのは先祖だけなんだよ」
「僕の場合はってことは、他の場合もあるのかい?」
「ある。例えば、友人のココ・マドウ。彼女は昔、名前を奪われて養父の魔力を押し込まれていた。つまり、ココはその時自分の先祖と養父、養父の先祖の魔力を感じなかったんだ。与えられた魔力に対しても同じなんだ」
「ふーん。面白いね」
「そして、全ての魔法使い、悪魔、そして吸血鬼が魔力を感じない存在が、一人だけいる。彼らの始祖に魔力を与えた女神……、それが君なんじゃないか?」

 初めて血を舐めた時に魔力を取り込んだという可能性もあるけれど、それならその前に魔力に気付いていたはずだ。
 彼女は、よくわからない表情でくすっと笑った。
 その真意はわからないが、なんとなくわかった。彼女は色素欠乏の上、名前もない。人間が生きるうえで魔力の代わりにあるべきものがないため、魔力が有り余るほどにあるということ。

「普通そんな理由で気付く?」
「え?」
「街には私そっくりの女神像がいたるところにあるのにさ」

 最初から隠しているわけでもなんでもなかった……ということだろうか。

「……そういわれてみれば、似てるかも」
「ちょっとニブすぎないかい?」
「元々、そんなに信仰心に篤くないし……あ、ごめん」
「いいよ。別に私は崇めてほしかったわけじゃないし。ただ幸せなセカイがほしかっただけ」

 彼女は、小さく肩を竦めて言った。
 幸せな世界。
 新たに世界を作るほど、それを望んだということか。

「……ドロテアの『魔女の創世論』はあってたってこと?」
「そうだね。彼女は自分が作った世界に魔力を与えることも、行くこともなかったみたいだけどね」
「え? 実際作ってたのか!? 異世界があるってこと?」
「ま、そういうことだね」

 この世界は彼女が新しく作ったものだということは、彼女が元いた異世界もあるのか。ドロテアが行くことはなかったと言っていることから、彼女は世界を行き来できるのだろうか。
 どんな世界なのか、どうやったら行けるのか。
 いろいろと尋ねてみたけれど、彼女はもう答えてくれなかった。

「さて、舞踏会の準備に来たんだけど……その前に――……私のことはいったん忘れてもらうよ」
「そんな」

 僕が。
 女神だと言い当てなければ、ずっと彼女と友達でいられたのだろうか。

「待ってくれ。まだ、君のこと全然知らない。僕の友達じゃないか。なんで」
「理由は君が考えてる通り」
「君が目の前から消えても、僕は君を探すよ」
「……覚えてることができたらね」

 魔法を使われる前に、僕は思いっきり舌を噛んだ。魔法から身を守る魔法の詠唱破棄だ。僕の魔力が彼女に及ばずとも、多少は覚えていられるように。
 太陽が落ちたかと思うほどの光があたりを包んで、彼女は目の前から消えてしまった。