永遠少年症候群

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    明石恵という女

     うとうとしていて、明るい色の地毛が視界の端に揺れる。俺を覗き込んで――そう、キスでもするように、覗き込んで。頬に手を伸ばせばきっとすべすべしているんだろうな。細い髪がさらりと指に絡まる。

    「ミッツン、大丈夫?」

     あぁ。お前がいれば。
     頬に添えた手を、そのまま首筋を通って後頭部へ滑らせる。そうして引き寄せれば、明石は勢いよく顔を近づけ、思い切り頭突きをしてきた。

    「い、ってぇな!!!!」
    「何すんだてめぇ!」
    「はぁ!?」

     明石は明石でも、明石忠明だった。寝ぼけて明石恵と間違えていたらしい。
     ジンジンと痛む額をさすっていると、忠明は俺をベッドから落とそうとした。抵抗してまた寝ると、忠明はとても怒っている。

    「お前は床で寝ろ! 何で人のベッド占領してるんだよ!」
    「お前の風呂が長いか……ら……」
    「寝るな! おい! 牛!」
    「牛って言うな……」

     忠明に引っ張り起こされ、床に落とされる。床には申し訳程度に敷かれた座布団が並んでいる。これのせいで、ここ数日体が痛い。でもまぁ、忠明の家に泊まった方が家に帰るよりも通学時間が短くて楽だ。好きなもん食えるし。

    「俺もベッドがいい」
    「あのな、お前それで、何回くらい寝ぼけておれにキスしようとした!? つーか欲求不満かよ! 恵に会いに行けよ!」
    「……あいつ、男いるし」
    「えっ、男……?」

     俺よりも忠明の方が動揺している。

    「聞いてない!」
    「いや、言う必要ないだろ」

     忠明は本当に明石に似ている。だけど、骨ばった腕や手入れもしていない眉、それに、生意気そうな目なんかはどう見たって男だ。喋ったら本当に似ていない。
     忠明が携帯を取り出して、ベランダに出て電話を始めた。
     会おうとしたんだ。だけど連絡先も知らなくて、同じ方向の電車に乗るはずだからと思って探したんだ。何本か時間をずらしてみたけど、4日目には俺はストーカーかよって、諦めた。その程度だったのか、とか、自分が情けなくて。忠明の家なら、学校に近いからって言い訳して、逃げた。

    「――……」

     ベッドで寝たら、怒るだろうなぁ。
     ベッドによじのぼって横になる。確かに、寝ぼけては明石と忠明を間違ってしまう。けど、実はそれも、だんだんと少なくなってきていた。
     俺はもう、明石のことは吹っ切れるかもしれない。
     だけど、もう一度会えば、どうだろう。
     遠くで、忠明が悪態をつく声が聞こえた。
     久しぶりのベッドで、ぐっすりと寝ていた。控えめに肩を揺らされて、ぼんやりと覚醒する。

    「ミッツン、起きてよ」

     明石。どうせまた、忠明だろ。目は大きくて、唇はぷっくりしていて……。でも、どうせ忠明だろ。
     肩を揺らす手を振り払い、まだ起ききれない目をゴシゴシこする。

    「……なんだよ忠明」
    「ひどいな。そんなにアキに似てる?」
    「!?」

     本物?
     飛び起きると、確かに明石だった。肩の下まで髪が伸びて、二つに結んでいた。

    「アキ、ミッツン起きたよ」
    「あ、かし、なんっ!? 何で!?」
    「アキに頼まれてご飯持ってきたんだよん。それにしてもミッツン、なんだその髪はー」

     明石。明石。俺、さっき明石振り払ったのか!?
     明石は俺の髪をつまんで、根元まで金髪に染まっているのを確認して溜息をついた。

    「中央高校は染めていいの?」
    「や……」
    「そいつは校則違反」
    「そうなの。だめじゃん」

     あ、忠明。声のした方を見ると、キッチンで電子レンジを覗き込んでいた。

    「明石、久しぶりだな」
    「うん、久しぶりだね。ミッツン、すっかり不良になっちゃって」
    「ミッツンっていうのやめろ」
    「あはは、それ言われるのも久しぶりだ」

     思ったよりも、ドキドキしないもんだ。
     明石は可愛い。確かに可愛い。
     でも、なんかもう、あいつの女なんだろうなっていう諦めが、思ったよりもあった。

    「アキ、ハルにも会ってないの?」
    「忠治? 知らね。全然家帰ってねぇ」
    「叔母さん、心配してたよ」
    「母さんからは毎日電話くる」

     明石の後ろ姿は、中学の頃よりも少し丸くなっていた。

    「でもよかった。ミッツン、あたししか友達いなかったからさー。アキの方がいいよね。男同士だし」
    「うるせ。ダチくらい他にもいるし」
    「へー?」
    「よし、恵。お前の彼氏呼ぼうぜ!」
    「なっ、何彼氏って! あ、ミッツンがアキに言ったの? 大木はまだ彼氏じゃないもん」

     赤い顔が、俺に割り込むすきのなさを物語る。さっき諦めたと思ったのに、後ろから刺されたみたいな気分だ。
     なんか、好きな人でも別にいれば、俺は明石の幸せも願えるかもしれない。

    「忠明、そうだ、ナンパに行こう。お前なら釣れる。明石より可愛いのが釣れる」
    「何それ! もうっ、友達も紹介してあげないからね!」
    「明石のダチって、みんな貧乳そう」
    「失礼な」
    「今日、こいつと遊ぶんだけど恵も遊び行く?」
    「ううん。元々これ届けたらすぐ帰るつもりだったし。ミッツンがいたから長居しちゃった」

     ばいばい、と言って明石が帰っていく。

    「おい、牛。あの態度は何だ。恵のこと好きなんじゃないのか」
    「過去だ過去」
    「協力してやろうと思ったのに」
    「俺に入るすきはねぇよ。けど、ありがとな。なんか吹っ切れた」

     たぶん。

    「よ……、よし! じゃあ、ナンパ頑張ろうぜ!」
    「おー。……っしゃ……着替えるか」

     どうせ二人で食いもん買い込んで帰ってくるんだし。

    2015/07/29公開