永遠少年症候群

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    お星さまコーヒー

     天文学の研究室は、謎に包まれていた。同級生で専攻しているのはセリアともう一人いたが、そいつはふらりとどこかへ行ったまま消息不明だそうだ。セリア曰く、先輩も後輩も変なのばっかりだったわ、なんて言う。彼女に変人と言われるなんて相当だ。
     さて、俺はいつもセリアとは理学部棟の1階、エレベーター前で待ち合わせをしていた。研究室を訪ねてみようと思ったのは、ただの気まぐれだ。女子の先輩が卒業し、女子はセリア以外にいないというのも、大きなきっかけだ。俺の研究室は、最近女子が一人入ってしまって大変居心地が悪い場所になってしまったから待ち合わせギリギリまで研究室に居たくなかったのだ。

    「あら、いらっしゃい。お星さまコーヒー飲む?」
    「お星さまコーヒー?」
    「ふふふ、小さいお星さまみたいな花が咲く植物を培養してるの。植物学の子に種をもらったのよ。タンポポっていうんですって。このタンポポの根っこを灰汁抜きして、干してから焙煎すると、できあがり。本当は成功したらクリスにプレゼントしようと思っていたのだけど」

     タンポポなんていう花、聞いたことない。
     培養されているそれは、半透明な培養ゼリーに根を張っていた。ギザギザの葉っぱ。見たことあるような、ないような。

    「……それで、どんな花が咲くんだ?」
    「えーっと、こんな感じよ」

     セリアがメモ用紙に黄色のペンでぐりぐりと楕円を少しずらしながら書いていく。花弁が多い、黄色い花。

    「星も、こんな感じなのかな」
    「宝石のようという表現もあれば、宇宙に浮かぶゴミだという人もいる」
    「奥が深い」
    「そう、奥が深いものよ」

     セリアがガスコンロを持って来て、試作品だというお星さまコーヒーを鍋に出し、煮出していく。確かにコーヒーのような香りがする気もする。

    「卒業論文、お星さまコーヒーについてにしようかしら」
    「それじゃあ天文学に関係ないじゃないか」

     その実、天文学を専攻している彼女がどのようなことを勉強しているのか、俺は知らない。
     紺色の紙に、白い点がポツポツと並んだものがあった。

    「これは?」
    「それが天文図よ。白い点は星」
    「じゃあ、これは夜空?」
    「そうよ。政府の天文台に行けたら、きっと見えるわ。でもうちの教授でもダメなんですもの。……今の天文学者で、天体を見たことのある人は片手で数えるほどよ」

     それは、きっと綺麗なのだとセリアは言う。

    「天気のシステムは、あるじゃないか。あれとは全然違うのか?」
    「違うと言われているわ。地球は太陽の周りを自転しながら回っていて、それはそれは滑らかに太陽が動き、地平線からのぼり地平線へ沈むそうよ。夕方の燃えるような夕焼けは、私の髪の色みたいなんですって」
    「夕焼けは確かに、君の髪の色じゃないか」
    「あれよりも、もっとよ。大体、あれは夕焼けじゃないわ。夕方になったらオレンジの『夕焼け太陽』が点灯するだけじゃない」

     いつだったか、夕焼け太陽を熱心に見ていたが、あれはもしかしたら夕焼け太陽を通して本物の夕焼けをみていたのだろうか。

    「天文学者からすると、今の空は全然本当の空を再現できていないってわけか」
    「そうよ。時には昼間に白い月がみえることもあるんですって。あなたの髪の色の空が広がっていて、白や灰色の水蒸気の塊が浮かんでいるの。そうして、時にはその水蒸気から雨が降るのよ」

     セリアが窓の外の『昼太陽』を恨めし気に睨んでいる。
     空の色なんて見えない。昼太陽が光っていて、しいて言うなら真っ白だろうか。煌々と照らされて、思い出したように雨――雨という名のシャワーで湿度を管理する。

    「本物の空をドームに映せばいいのに。それくらいの技術、きっとあるはずよ」
    「投影技術ってこと? なければこの前のデートはできなかった」
    「あれは面白い映画だったわ。そうよ、映画のようにドームの天井に映せばいいのに」
    「金がかかる。あと昼太陽がまぶしいから空を見上げる人はそんなにいないし」
    「空じゃない、天井」

     みーんな現実主義なのね、なんてぷりぷり怒りながら、セリアはマグカップにお星さまコーヒーを注いだ。煮出し過ぎたそれは俺にさえ苦すぎるほどで、紅茶党のセリアは顔を顰めた。

    「ドームの外に出たら本当に死ぬのかしら」
    「死の灰が降ってるし、氷に覆われてるからね。分厚い雲に覆われて本当の空も見えないだろうな。結局、数少ない天文学者が天文台から空を見ても、見えるのは死の灰に覆われた灰色だけさ」
    「……そうなの?」
    「君、歴史の授業寝てたクチだろ」
    「まぁ、そうね。地球の歴史を勉強するくらいなら星座のなりたちでも勉強していた方がいいわ。けど、ちゃんと起きてたわ」

     セリアは真剣に考え込んだ。確かにドームの外のことなんてただの歴史の常識でしかなく、外の様子はニュース等で見ることもない。実際に見ているのは、それこそ天文台……ドームのてっぺんに上ることのできる一握りの人間だけだろう。

    「第三次世界大戦で、地球の半分は壊れた。死の灰が降り、灰によって太陽光が遮られ、地球は今氷河期になってるのさ」
    「じゃあ、ドームの外は氷?」
    「正確には、凍った土じゃないか? 天文台や、政府の一部の機関が地上にあるだけで、あとは地下」
    「へぇー。物知りね」
    「本気で言ってる?」
    「本気よ。私、きちんと学校に行っていたし、歴史の授業だって死ぬほどつまらなかったけれどちゃんと勉強していたわ」

     学校の違いだろうか。

    「第三次世界大戦のことは、習ったわ。生き延びた人間は、シェルターにいた人間で、全部の国が一つの国になったのよね。細菌攻撃や核攻撃のせいで人間の遺伝子も一部壊れて、今まで有り得なかった髪の色や血の色の子どもが生まれるようになったって習った」
    「俺はそれ知らない」
    「重要視する内容が違ったのね。クリスの学校の先生は正しい歴史を教えたくて、私の学校の先生は一生見ることのない外よりも今の人間のことを教えたかったんじゃないかしら」
    「教師にも派閥があるのかな」

     そうかもしれないわね、なんて言いながら、セリアが自分のお星さまコーヒーを俺のマグカップにどぼどぼと注いだ。
     これを飲んでキスしたら苦いと文句を言うに違いないのに。

    「……あの子はきっと、知ってしまったのかも」
    「あの子って?」
    「行方不明の同級生よ。私達、天文台で天体を観察できるような研究がしたいものだわっていっつも話してたの。天体なんて観察できないって、知ってしまったのかもしれないわ」

     夢を潰された、行方不明の研究者。
     俺はもしかして、セリアにとんでもないことを教えてしまったのではないだろうか。

    「君は、どうするんだ?」
    「私? 私は……外に出ようなんて、考えないわ」

     ――ドームの外に出たら本当に死ぬのかしら。
     あれはもしかして、その行方不明の友達の言葉なのだろうか。

    「それにね、意外にも私って現実的なのよ! 卒業したら、天文学とはおさらばして、専業主婦になるわ」
    「へぇ、結婚のご予定が?」
    「あ、な、た、と!」
    「俺にプロポーズさせない気?」
    「形式にこだわるのね、意外だわ」

     今日は意外尽くし、なんてセリアが言う。
     確かにそうだ。お互いの常識は常識ではなく、お星さまコーヒーは苦く。見たことのない空を、セリアの説明の中に見た。俺の、髪の色のような空。

    2015/05/20公開