永遠少年症候群

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猫に首輪

 たまたま、恋した人が既婚者だっただけだ。
 宇治川さんは私の体を針金のようだと面白がって、折れてしまうのではないかと思うほど強く抱きしめてくれた。手がきれいだねと言ってくれた。そして愛しい、好きだと愛を囁いてくれた。
 けれど、奥さんとのことは何も言わなかった。それでいい。私は離婚してほしいとまでは思っていなかった。

「何これ」

 宇治川さんが小さな赤いベルトのようなものをつまみ上げる。

「猫の首輪」
「猫なんて飼えないだろ?」
「……うん。飼ってる気分になろうと」

 同僚がくれたもの、と説明しても良かったのだけど、言葉を濁す。公園で話していただけの曖昧な期間のときに、猫に例えて説明していたなんて知ったらきっと不愉快だろうから。彩子ちゃんは、ふらふらしてる飼い猫なんか飼ってしまえと首輪をくれた。
 でも私は、彼を縛り付けるつもりはなくて。割り切って付き合うつもりで。言い訳がましく、心の中で何度も言う。私、割り切って付き合ってるんだ。
 実際のところ、この関係は浮気を是とするものだ。だって私がそもそも浮気相手なのだから。縛り付けることなど、できるはずもなかった。

「知花」

 名前を呼んで、私を想ってくれるだけで十分。宇治川さんに引き寄せられて、慈しむようなキスをすれば、私は体がとろとろにとろけていくような気分だった。
 彼には帰る場所がある。ぼんやりとしつつも見送った後は、いつも部屋の中がさびしくてたまらなくなる。
 文字だけのやり取りではいつも、好きとか会いたいとか、教え子たちのような浮かれたものだけれど、実際に口にしたことはなかった。

「……宇治川さん……」

 名前を呼ぶだけで、精一杯で。
 帰ったよ、と知らせる連絡が届いてようやく、ほうっと息をついて、私は眠りにつく。

「飯野先生、なんか綺麗になりましたね。彼氏でもできた?」
「……そう?」

 特に答えずに彩子ちゃんのお弁当箱から勝手に卵焼きを取る。彩子ちゃんは、もう、などと言いつつもお弁当箱を傾けて卵焼きを取りやすいように配慮してくれた。お返しに、購買部で買った飴を一つ渡す。
 不倫してるなんて言えるはずもない。ましてや、相手が担任をしているクラスの生徒の親だなんて。
 宇治川くん。目はきっと母親似なのだろう、宇治川くんに見つめられると、無言で責められているような気がして苦手だ。最近母親が弁当を作らないとぼやいていたけれど、奥さんは何か感じ取っているのだろうか。

「……どうかした?」
「ううん、何でも……」

 彼は忙しく働いているのにお弁当もないのだろうか。
 彼は残業だと偽って私の家にやってくる。ご飯を食べて、一つになろうとするように体を重ねる。

「ずっと一緒にいたい……」

 ぼんやりとした頭で宇治川さんのキスを受け入れていると、気持ちがぽろっと口をついて出てきた。
 途端に、ずっと一緒にはいられないという事実をまざまざと突きつけられて、堪らなくなってぼろぼろと涙が出てきた。涙が、うまく止められない。

「知花、どうしたの、知花」
「……好き……」
「うん、僕も好きだよ」
「……好きだから、辛い……。一緒にいたい……」

 あぁ、私、今、彼に離婚してほしいと願ってる。なんてことを口にしてしまったんだろう。今までごまかしていた気持ちを、認めてしまった。
 彼は私を泣き止ませて、静かに帰っていった。
 もう何もかも終わりだ。暗い部屋の中でゆっくりと目を閉じながら、走馬灯のように彼との楽しかった日々を思い返していた。手をつなぐだけで幸せで、ただそれだけだったのに。
 何日か仕事を休むと、彩子ちゃんがお見舞いにきてくれた。

「何も言わなくていいよ。でも、ご飯は食べて」
「……ん……」
「猫、飼わなかったんだね」
「……飼えなかった……。飼い主のところに、戻ったのかも……」

 あれから、宇治川さんは来なかった。結局、私は遊び相手だったのかもしれないと思っては、泣いた。自分でも思っていた以上に、宇治川さんが好きで好きでたまらなかった。
 ようやく出勤できるほど落ち着いた頃、連絡もなしに宇治川さんはやってきた。

「……もう……来ないんじゃないかと」
「……離婚してきた」
「……え……」
「ずっと一緒にいられる」
「そう、なの……」

 そうして彼は、針金のようだという私の体を抱きしめた。