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永遠少年症候群

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ファンタジー、恋愛要素、ハッピーエンド多め。たまに暴力やグロテスクな表現があります。
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バレリーナ

 折れそうな、細すぎるほどの体で彼女は踊りながら歌っていた。それは小さなオルゴールのふたを開けたらくるくる回る人形のようだと思った。
 僕が見ていることに気付くと、彼女はびっくりした様子で踊るのをやめ、慌てて去っていった。
 興味を失って携帯電話に視線を落とす。折れそうな、細すぎる――針金のような体が、しなやかに視界の端を駆けていった。

***

「バレリーナになりたかったんです」

 針金のような体を折り曲げ、膝を抱えて彼女は言った。毎晩のように見かけるからか、彼女が僕を見つけても逃げなくなってから1週間が経った。
 バレリーナか。それならば異様に細い体にも納得がいく。飛んだり持ち上げられたりするからなんだろうが、バレリーナって人達は皆細すぎる。
 けれど、なりたかったということはバレリーナではないってことだ。

「今は何になりたいんですか?」
「いい先生に」
「学校の先生になりたいんですか?」
「高校で、化学を教えてます。だから、いい先生に」
「そうなんですか。バレリーナは諦めたんですか?僕は詳しくないけど、上手だと思うのに」
「ありがとうございます。諦めました。でも、捨てきれずにいるんです」

 あまり顔には出さないようにしたけれど、びっくりした。大学生くらいだと思っていたから。
 ふわふわの、子供のそれみたいな細い髪が風に揺れる。右の耳に光る3つのピアスは、幼い顔には不釣り合いだと思ったのを強く覚えている。
 彼女と話すことはごくわずかで、僕が彼女を見る時、彼女はほとんど踊っていた。

***

「――あ、飯野先生」
「こんばんは。酔ってますね?」
「珍しい、休憩中ですか?」

 彼女の隣に腰をおろす。飯野先生。中央高校の化学の先生。聞き出せたのはここまでだ。もっとも、僕のことも会社員であることと名字くらいしか知られていないだろうけれど。

「来年度、クラスを受け持つかもしれないんです」
「そりゃすごい」
「忙しくなったら、きっともうここでは踊れません。そう思うと少しさびしくて」
「クラス担任だったら進路指導とかもあるもんなぁ」

 僕もさびしい、とはどうしても言えなかった。偶然、帰り道に見かけるバレリーナ。彼女にとっての僕は観客の一人なのだから。
 風に乗って飛んでいきそうな、細い体。僕はきっとその手を掴めない。理由がないんだ。

「飯野先生みたいに一生懸命な先生だったら、クラスの子達も幸せですね」
「そうだったらいいなぁ」

 その日、飯野先生は何も言わずにただ座っていた。いつものような会話はなく、いつものようには踊らない。そんな沈黙を打ち破ったのは、彼女の別れの言葉だった。他愛ない、なのに僕にとっては永遠の別れのように聞こえた、さようなら。

***

 これでよかったんだ。
 一人、公園のベンチに座って煙草をふかす。そういえば彼女の前では煙草なんて吸わなかった。元々無性にイライラするときに吸っていただけで。
 あぁ、僕はイライラしているのか。
 けたたましい携帯の着信音に、溜め息を吐いて携帯を開く。相手はわかってる。元幼馴染の、彼女だ。正確に関係を言い表わせる言葉は、とうに消えてなくなったように思う。少なくとも僕は。

「……ごめん、残業で遅くなる」

 電話に出るなりそう言って、また煙草を吸う。彼女とのこれからのことも、本格的に考えなくちゃいけない。小さい頃に交わしたおじいちゃんとおばあちゃんになっても、という約束通りなのか、それとも別れるのか。それも含めて、全部の将来を。僕がそれを話題にすると彼女はヒステリック気味になるから、少し後回しにしすぎた。
 だけどそのおかげでこうしてベンチで煙草を吸う日々が続き、飯野先生に会えたのだ。
 けれどきっと、これでよかったんだ。彼女には幸せになってほしい。願わくば僕と、なんて。おこがましいのだ。

「宇治川さん」
「!」
「…………宇治川、さん」
「飯野先生、……どうかしました」

 か、と言う前に目を見開いていた。ポトッと煙草を取り落として、慌てて踏みつぶす。

「そんなに辛そうな顔されたら、私……放っておけません」

 鈴の音のような声は耳の横で聞こえる。ふわふわの髪の毛から良い匂いがする。
 飯野先生が僕の首に回した腕に力がこもる。ほっそりした体を抱きしめ返すと、一瞬腕が緩んで、またぎゅっと僕にしがみつく。

「……別の人がいるのは、わかってるんです」
「うん」
「だけど、放っておけなくて」
「ありがとう」
「私、別に宇治川さんと付き合いたいとかじゃないんです。ただ、お話を聞いてもらって、ご飯でも食べれたら。お話を聞いて、あなたの支えになれたらって……」

 核心を突いた事は何も言わない。暗黙の了解。
 大人はずるいな。誰が言ってたんだっけ。さっき電話してきた元幼馴染が、小さい頃に言っていたのかも。

「……僕も、あなたのバレエがもうちょっと見たかったんです」

 それだけでないのは、誰よりもよくわかっているけれど。
 浮気相手でいいの?とも彼女と別れるよ、ともはっきり言えない優柔不断な僕を、飯野先生は優しく抱きしめる。

「いい先生に、してあげられないかも」
「はい」

 折れそうなほどの細い体を抱きしめて、煙草はもう吸わなくていいかもしれないと考える。視界の片隅で煙がかき消えた。

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