永遠少年症候群

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ファンタジー、恋愛要素、ハッピーエンド多め。
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    ブクログのパブー……電子書籍形式。詩の投稿はこちらのみ。
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    これは僕の初恋の記憶

     とってもとっても好きな人がいる今なら、あの頃の記憶はきっと本気じゃなかったように感じるかもしれない。
     それでも大切な、心の奥がきゅんとする記憶。

    「今日のお題は、『これは僕の初恋の記憶』でどう?」
    「甘酸っぱいのができそう」

     武井ちゃんがふふっと表情を緩めるのは、誰を想ってのことなのだろう。
     メモ用紙に、お題を書いていく。席順は決まってしまってるから、答えるお題は上から順番じゃなくていい。

     誰が、どれに、どんな気持ちで答えるんだろう?

    ***

    『ここが世界のすべてだった』

    「横溝くん、どうぞ」
    「あー、いつものか」
    「席つけー。授業始めるぞ! 課題の解答を前で解く奴当てていくぞー」

     川口がメモを手渡して、そそくさと席に戻っていく。既にいくつか埋まっている。俺だったら、「こ」か「初」くらいが答えやすい。
     悩み始めた瞬間、名字を呼ばれた。

    「横溝は問2な。あとは……関口が問3」

     あ、やばい。
     適当に、一番上に書きつける。『ここが世界のすべてだった』。

    +++

     隣の家に住む珠美姉ちゃんが俺の部屋に来たのは、実に1年ぶりのことだった。

    「もう高校受験終わったんでしょ」
    「……いつの話だよ」

     高校に入学して、既に半年。
     1年前、受験勉強に集中したいから来るなと言って、珠美姉ちゃんがきっちり守るとは思ってなかった。だから、ぱったりと来なくなって少し驚いた。
     まさか、受験がとっくに終わって夏になるまで話しかけても来ないなんて思わなかった。予告なしに来るのは、いつだって心臓に悪い。また細くなってやがる。

    「剣道部、どう? 団体戦に出れそう?」
    「無理だろうな」

     珠美姉ちゃんはぺらぺらの下着みたいな服で、俺のベッドに寝転んで雑誌を読んでいる。

    「何しに、来たの?」

     変に乾いた唇をなめる。珠美姉ちゃんは「んー?」とか、「むー」とか、声にならない声を出した。まだ短い髪が、さらさらと雑誌を這っていた。
     一緒に遊んでいた小さな頃とは違って、手足は細長くて首の後ろや背中は骨がボコボコ浮いているのが服の上からでもわかる。女の人、だった。

    「俺も男なんだけど」
    「ん?」
    「そんなカッコで、襲われるかも、とか、思わないの」
    「いいよ、って言ったら?」

     かぁっと顔が熱くなって、窓の外を見た。わかってるんだろ。わかって言ってるんだ。俺がそんなことできないって。
     こんな風に言ったのだろうか。俺も会ったことがある、あの、珠美姉ちゃんの元彼とかいうイケメンにも。

    「最悪な冗談だな。出てけ」

     ……あぁ、そんなことが言いたいんじゃないのに。

    「……バイバイ」

     あぁ、そんなことを言わせたいんじゃないのに。
     珠美姉ちゃんが出て行った部屋は、急に空気が冷たくなったように感じた。
     何しに来たのか、本当は知ってた。引っ越すことを、伝えにきたんだって。好きだったんだ。何も、言えなかったけど。

    ***

    『れんげの花に添えて』

     前の席の恵ちゃんがそっと机の上に折りたたまれたメモを置いた。この、みんなであいうえお作文を作る遊びは好きだけど、実を言うと、授業中に回すのはあんまり好きじゃない。
     私は遊ぶ片手間で板書するほど器用じゃないから。

    「んーっ! 相変わらず現社はわけわからないねぇ」
    「そうかなぁ。けっこう面白いよー」
    「ぐっちょんのノート綺麗だもんねー」

     恵ちゃんがぐーっと伸びをして、私の腕を掴んだ。

    「ジュース買いに行こ!」
    「うん、行こうか」
    「今回のお題は甘いねぇ」
    「うーん……」

     まだ見てない。折りたたまれたメモは、筆箱の中に入ってる。
     自動販売機まで往復すると、休み時間は数分しか残っていなかった。さすがに次の授業も止めておくわけにはいかない。
     メモを開いて、ぱっと目に付いたのが、「れ」だった。れんげの花を見たっていう話を、ちょうど恵ちゃんとしてたから。『れんげの花に添えて』。

    +++

     川口さん、いいなぁ。のんびりと声がかけられて、私はぽわんとした気持ちで頷いた。たぶん気持ちだけじゃなくて、顔も緩んでると思う。
     飯野くん。飯野奈津くん。小学校の時から実に4年間の長い片想いだった。それがようやく実って、1ヶ月が経とうとしている。1ヶ月ずっと夢見心地。なんて幸せなんだろう。
     飯野くんは、小学校の修学旅行での自由行動中に足をくじいて歩くのが遅い私を待っていたとき――私が彼を好きになったとき――のように、紳士的かつ優しく私を待って、一緒に帰ってくれた。部活で遅くなるときも多いけれど、週に1度は必ず一緒に帰った。

    「飯野くん――……」
    「ん?」

     あぁ、好き。
     飯野くん、なんてかっこいいんだろう。これから、グループの女子の間で人気の漫画のように、胸がドキドキするようなハプニングとかあるんだろうか。

    「……なんて、思ってたんだけどね」
    「?」

     昨日の夜、時間をかけてラッピングしたクッキーを投げるつけると、飯野くんは咄嗟に腕で頭をかばった。床に落ちたクッキー。かわいいと思ってリボンの代わりに挿したれんげの花が、くたりと床にこぼれた。
     状況が飲み込めていない飯野くんが何か言いかけるのも聞かずに、消しゴムを握り締めた拳を振りぬいた。ガタガタと音を立てて、机に倒れこむ。
     胸がドキドキするようなハプニング――……そりゃあ、私の他に4人も彼女がいるなんて、ドキドキを通り越して怒りに震えてしまいもする。
     何だったの、私の4年とちょっと。それに、私、飯野くんのこと何にも見てなかったのかも。

    「あー、手が痛いよ、飯野くん」
    「な、何すんだよ!」
    「私ね、駅前の塾……通ってないけど、よく前を通るんだ」

     そう、2人の彼女がいるところ。
     そして、サッカー部のマネージャー。あろうことか2人とも。

    「5股? ばっかじゃないの!?」

     もう一発、グーで殴ろうかと思ったけど、やめた。人を殴った手は、それなりに痛かったから。

    「私なら、騙し通せるとっ、ばれても泣き寝入りすると思ったっ!?」

     そう。私はたぶん、そう見くびられたのであろうことに、憤慨している。結局、4年間の好意は幻想だったのかな。
     たった1ヶ月の、初めての男性とのお付き合いは、これにて幕を下ろしたのだった。

    ***

    『はめを外して』

     前の席の徳田くんが振り返らずにいすの背もたれのあたりで手紙をひらひらと振った。先生に気付かれないように手を伸ばすと、私が先ほど村上ちゃんに渡したもので間違いない。
     これは僕の初恋の記憶。あれ、この字、徳田くんだよね。意外なところにきたなぁ。
     さぁ、どれに答えようかな。
     初、もいいし、記もいい。漢字が楽なんだよね。でも、私の初恋の記憶というなら、やっぱり『はめを外して』、かな。

    +++

     クリスマス直前だからか、終業式は妙にそわそわしていた。私だけじゃなくて、みんな。
     だけど本当はクリスマスに浮かれている暇なんてない。私たちの学年は、1月からの高校受験を控えてる。1月は本命の華宮学園高校で、2月は公立の第一高校。華宮を選んだのに特に理由はなくて、ただ制服が可愛いなぁ、なんて思ったから。第一高校は長い坂の上にあるから、あの坂を毎日のぼるなんて、それだけで不登校になりそうだし。
     だから――……。

    「美貴、帰んの? カラオケは?」
    「パス。カテキョ来るし」
    「まっじめー」
    「違うよ、美貴のカテキョ、イケメンなんだって」
    「なーんだ、勉強手につく? 監視に行こうかー?」
    「そんなんじゃないって!」

     大げさに否定して、適当にバイバイを言って、ダッシュで帰る。
     私服に着替えて、それから走ってボサボサになった髪を整えていると、すぐにインターホンが鳴った。

    「こんにちは」
    「先生、こんにちは!」
    「浅田さん、元気だね。寒くない?」
    「あ、さっき帰ってきたばっかで、暖房、入れたばっかで、えっと」

     走って帰ったから、体がポカポカしていて、特に寒くはなかった。それに、渡辺先生の顔を見ると、ドキドキして体温が2、3度上がる気がする。
     友達には否定したけど、渡辺先生はすごくイケメンで、紳士的で、とにかくかっこいい。

    「貸してあげる」

     先生は、ポケットからほっかいろを取り出し、冷たい空気にあたって表面だけは冷えていた私のほっぺたにくっつけた。
     恋人同士みたい。
     心まで、じんわりと温まって、私達は部屋に入った。今日は数学。

    「――じゃあ、今日はここまで」

     いつものことだけど、先生の声を聞いてドキドキするだけで終わってしまう。
     ぎゅっとスカートの裾を掴むと、私は自分のてのひらにじんわり汗をかいていたことに気付いた。
     ……言うなら、今しかない。はめを、外して。思い切って。

    「あのっ、クリスマス、一緒に……すごしてくれませんか!?」

     先生の驚いた表情、きっと一生忘れない。

    ***

    『僕の意志』

     隣の席の奴がいい加減にしろよと目で訴えかけながら、メモを手渡してくる。

    「手紙とか女子かよ」
    「悪い」

     人に迷惑かけんなよなぁ。
     折りたたまれたメモには、2つほど答えられたお題。順番はどうでもいいが、漢字縛りか。どれにしようか。
     ひらがなが答えやすいかなぁ。僕……僕というのは、花井くらいだよな。花井はこれを選びそうだ。僕の初恋とかなんとか、それこそ女子みたいに甘く。さりげなく。
     ここは俺が使ってしまおう。俺の初恋は幼稚園の頃で、あの頃はケッコンするとか言ってたな。まぁなんだ、あの頃は俺じゃなくて僕だったし、僕でいいだろ。
     『僕の意志』だけでケッコンできると思っていたあの頃が、懐かしい。

    +++

     幼稚園の頃の俺は、そりゃもう悪ガキだったらしい。ただ、母曰くモテ期でもあったらしい。

    「モテモテだったのに急にユウちゃんだけと遊ぶようになってねー」

     ユウは俺の天下となっていた幼稚園で唯一骨のあるやつで、しかも賢く、美形だった。そして幼稚園児だった俺は男同士でもケッコンできると思っていた。
     いわゆる黒歴史というやつだ。
     そして一応、これは俺のネタとして重宝している。高確率でウケるから。
     俺の初恋の相手は、男。今は川口ラブ。

    「ケッコンしたら、まいにちユウとあそべるのに」
    「!」

     ケッコンの意味、わかってねーな。たぶん一緒に住むくらいの意味だと思ってた。
     ユウもユウで、嬉しそうに笑ってうなずいた。
     こんないい男、親父の他にいないって本気で思ってのプロポーズ。いやいや、ほんと黒歴史。
     そのわりに、ユウとは小学校が違ったようで、あっさり疎遠になった。母親同士が仲良くしてても良さそうなもんだが、俺も特に母にユウと遊びたいと訴えたことはなかった気がする。今聞いたら、母はユウの家の連絡先を知っているのだろうか。

    「あんた! まだ片付け終わってなかったの!?」
    「はっ!?」
    「片付くまで家から出るな!」

     母の怒声で我に返る。部屋の片付けをしろと言われてアルバムを見つけてしまったのが運の尽きだ。
     今日は武井に頼み込んで、川口が好きそうな誕生日プレゼント見繕ってもらう予定だった。
     慌てて武井に謝罪の電話すると、武井は溜め息をついた。

    『川口の誕生日、今週よ? 手伝ってあげるから、さっさと片付けて買いに行きましょ』
    「お前は神か」
    『変なもん見せないでよね』

     武井はわざとらしく溜め息をついて電話を切った。変なもんは俺も見せる気はない。武井が来るまでに、俺の宝物を片付けるしかない。
     アルバムを放り投げて、ベッドの下などをチェックしていると、また母がきた。

    「買い物に行くけど、サボったらご飯抜きだから」
    「ちょっ、おい、今日は約束が」

     予想はついていたから、先に武井に電話したとはいえ――……、武井が神なら母は鬼だ。

    「お邪魔します。さっき外でおばさまに会って――……、何やってんの」
    「神よ! どこから手をつけますか!」
    「なんだ、ちょっと散らかってるだけじゃない」

     武井に縋り付くと、冷たく振り払われた。

    「私にも何か奢りなさいよ」
    「もちろんです武井様! すっげーサービスします!」

    ***

    『のんびり歩こう』

     横溝が、机のわきをすり抜けて行くときにさりげなくメモを置いて行った。僕だけ席が離れているから、いつも最後に回ってくるのに。
     これは僕の初恋の記憶、か。初恋か。僕の初恋。
     黒板の前で、先生に当てられた3人が黒板に解答を書いていく。……武井さん、きびきびしてるなぁ。
     『のんびり歩こう』。

    +++

     僕の母は若くして僕を産んで、あまり帰ってこない父に恨み言を言うこともなく一生懸命僕を育ててくれた。履きなれない革靴を履いて、並んで家を出る。

    「パパ、もうすぐ出張から帰ってくるからね」
    「……ん」
    「たぶん、本社勤務に戻れるだろうって」
    「そう」

     父とは、もう何を話していいのかよくわからない。
     でも少しだけ、僕の高校の入学式という節目にも帰国してくれなかったのは……少しだけ、ショックだった。まだあの人に何か期待してるのかな、僕は。

    「高校では彼女とか作りなさいよ」

     僕は、母はけっこう綺麗だと思う。なかなか、それ以上に可愛いと思う女の子はいない。
     ただ、母への気持ちは家族として以外の何物でもないから、そこはけっこうほっとしてる。

    「……彼女なんて……」
    「ママね、貴之の彼女とショッピングするのが夢なの」
    「何その迷惑な夢」

     近い高校でよかった。けれど、受験の時も思ったけれど高校まで続く坂がやたらと長い。
     先に体育館に行くという母と別れて、クラスを確認しに行く。

    「……3組、か」
    「わ、わたしも、3組」

     思わずこぼれた声に返事があって、面くらって隣を見る。ふわふわした髪の女の子が、にっこりと笑っていた。可愛い。
     あぁ、間違いなく可愛い。この子は、ライバルが多そうだ。

    「花井」
    「わたし、川口。よろしくね、花井くん」
    「うん。教室に行こうか」

     君と話してみたいから、できるだけ、のんびり。

    ***

    『初めて泣いた日』

     横溝がわずかに首を傾げながら黒板に解答を書いていく。それを尻目に席に戻ろうとすると、花井がひらひらと折りたたんだメモを振った。
     席に戻る途中に受け取ると、ほとんど埋まっていた。初、記しか残ってない。
     これは僕の初恋の記憶。浅田にはいいわね、なんて言ったけれど、初恋の思い出といえば一体いつだろうか。幼稚園、かな。
     初恋か。『初めて泣いた日』、私はその日に恋に落ちた。

    +++

    「……ほんと懐かしいなぁ」

     徳田の声に、昨年度の教科書を縛ろうとしていた手を止める。川口の誕生日プレゼントを買いに行きたいからと呼びだされてみれば、片付けが終わるまで家から出るなと叱られたらしい。
     私は別に徳田と一緒ならいいんだけどさ。

    「なんでアルバム見てるのよ。さっさと片付けなさいよ!!」
    「わりぃわりぃ。ほら、幼稚園生の俺超可愛い」
    「……」

     幼稚園か。私は、幼稚園児にしては生意気な子どもだったのではないかと我ながら思う。ひらがなの読み書きができたし、自分の名前を漢字で書けた……名前はカタカナだから、漢字は名字の「武」と「井」だけだけど。そんなことが自慢で、傲慢な子どもだった。
     いつも、先生に絵本を読んでもらう周りの子とは違って、自分で絵本を読んでいた。……意味を理解してたかは怪しいけど。

    「おい」
    「?」
    「それ、ぼくがよんでもらうえほんだぞ!」
    「そんなの、きまってないでしょ。いまはわたしがよむの」

     ひろきと書かれた名札の、気の強そうな男の子。

    「わたしはじぶんでよめるの」
    「だからなんだよ。みんなでせんせーによんでもらうほうがたのしいだろ」

     そうして、そのひろきは、未だにトラウマとなっている言葉を放つ。

    「おまえ、そんなんだからともだちいないんだ」
    「!!!!」

     ひどい。ひどい。幼稚園に初めて行く日……初めて母親と離れる日だって、あんなに泣かなかったと思う。
     それでも、ひろきは面倒見のいい子どもで、私を遊びに参加させてくれた。現金なもので、一番傷付いたのがひろきの一言で、一番好きなのもひろきだった。
     遠い目をしていると、徳田がアルバムをぐいぐい押しつけてくる。見ると、それぞれひろき、ユウと書かれた名札をつけた幼稚園生が肩を組んで笑っている。
     ひろき――……徳田裕紀。ひろき。あぁ、私達、こんなに昔から出会ってたんだ。

    「……こんなに笑ってたんだ……」
    「このユウってヤツ、親友だったんだけど……、今見るとこれ、女の子だな」
    「……は?」
    「いやー、俺、ユウのこと男だと思ってた。小学校違ったみたいで、卒園以来会ってねーし」

     もう何と言えばいいのかわからない。確かに幼稚園は私服にスモックだったし、小さい頃からスカート好きじゃなかったし……。
     ……ていうかこいつ、私の名前知っているのだろうか。

    「てことは、もうあのネタ使えねーな」
    「ネタ?」
    「初恋の相手が幼稚園の親友で男だったってやつ。女の子だったならただの淡い初恋で――……」
    「まじ、意味わかんない!!」
    「え、何で怒るんだよ。あー、ハイハイ、片付け続けますよっと」
    「違っ、あー、もー!」
    「怒るなって」

     私達、両想い、だったんだ。

    ***

    『恋人つなぎをしてみたい』

     ぺたぺたという足音がした。女の子らしさを詰め込んだような浅田の足音だ。
     顔を上げると、小さなメモを渡された。

    「いつもの遊び?」
    「うん。今日は村上ちゃんから」
    「……現社好きじゃないしいいけどさ」

     メモを開くと、お題が書かれていた。これは僕の初恋の記憶。また甘酸っぱいもんだ。
     どれがいいかな。恋とか、私が答えたらみんな驚くかもね。キャラじゃない。
     恋。初恋。『恋人つなぎをしてみたい』。

    +++

     高校受験終わったら、どうなるのかな。中学を卒業したら。高校を卒業したら。
     今の勉強って、本当に意味あるのかな。

    「……村上さん、大丈夫?」
    「…………」

     模試の結果が悪すぎた。
     意味はあるのかと考えるのも、言い訳にしかならないんだろうけど。

    「これだと、華宮には行けそうにないね」
    「……」

     塾の担当の先生は、眉尻を下げて悲しそうな顔をした。イケメンだ。
     一緒に悲しんでくれるのかな。もしかしたら、担当の生徒が成績悪いと先生にも迷惑なのかな。
     華宮学園は無理かぁ。あっちの方が、女子バスケ強いんだけどなぁ。バスケ部にはスポーツ特待制度がなかった。部活を引退した今はもうシュートを外してしまいそうだ。
     ぼんやりと考えていると、渡辺先生が私の手をとった。

    「教室に戻ろう」

     その手が温かくて。バスケのことを考えていたのも束の間、頭の中が渡辺先生一色になった。
     手をつなぐなんて、生徒の中では私だけなのかな? そうだといいな。

    「……そういえば、先生、クリスマスどうだった?」
    「うーん、家庭教師クビになった」
    「えー? 何それ」
    「クリスマスは彼女と過ごすって言ったら、クビになっちゃった」

     彼女、いるのか。
     家庭教師、してたんだ。その、担当の子も渡辺先生のことが好きで。
     その子は、告白したのかな。私はもう、できないけど。

    「先生、たぶらかしちゃったんだー?」
    「変なこと言わないでよ」

     私の初恋は、こうして静かに終わった。

    ***

    『のらりくらりとかわされる』

     隣の席の浅ちゃんが先生の目を盗んで、メモを投げて寄越した。あいうえお作文か。これは僕の初恋の記憶。大木はまだ答えてないか……。席、離れてるもんなぁ。
     初恋、かぁ。初恋はお父さん、なんてね。
     あれは……初恋だったのだろうか。『のらりくらりとかわされる』。ミッツンはいつも、あたしが言うことをわざとずらして返事してた。

    +++

     貧血で倒れて保健室に運ばれたときに、仲良くなった。隣のクラスの宇治川充くん。彼はサボりだったみたいだ。
     その鋭い目つきも相まって見るからにガラが悪そうだったし、高校生とケンカして勝ったなんて噂もあって、話したことなど一度もなかった。
     けれどあたしはその頃よく倒れ、よく保健室に担ぎ込まれた。そんなとき宇治川くんは、またかよなんて笑いながらあたしの保健室利用カードを書いてくれた。

    「お前、最近よく来るな」

     ベッドに寝たままのあたしに冷えたスポーツドリンク――購買も自販機もない中学校でどうやって買ってきたのだろう――を手渡して、宇治川くんは丸い椅子を引っ張ってきて座った。

    「……ちょっと、家庭の事情だよ」
    「家庭の事情? 俺んちも、お袋出てった。まったくオトナは勝手だよな」

     両親が離婚したのだろうか。口を尖らせる宇治川くんが、初めて年相応の14歳に見えた。

    「悲しい?」
    「いや、もう2ヶ月経つし、落ち着いてきた。中学は給食出るからいいけど、兄貴……、あ、高校生の兄貴がいるんだけどな、兄貴は毎日女に弁当作ってもらってるみたいだぜ」
    「お兄さん、モテるんだね」
    「ん? 一回見たけど、そのねーちゃんカレシいたから、同情だろうな」
    「複雑だね……」

     そ、みーんなフクザツなんだよ。と、宇治川くんはからからと笑った。
     他愛のない会話を、ほとんど毎日していた。それから、何日か休んで初めて学校に行く日、あたしはなんとなく保健室に直接向かった。

    「よぉ、久しぶりだな」

     いつもと変わらない笑顔に、それまで我慢していた涙がぼろぼろとこぼれてきた。

    「お、大倉? どうした? キツいのか?」
    「お父さん、死んだ……」

     ここ数日、泣けなかった。母や祖母の方が、父と長く一緒にいて。みんな父が大好きで。あたしが立ってなきゃいけなかった。
     きっと、そんなんだったから、いつもあたしの心配してくれる宇治川くんを見て、安心して。

    「し……? え? 家庭の事情って、……」

     おろおろする宇治川くんの前で、思いっきり泣いた。父が病気になってから、きっと初めて泣いた。

    「泣くな! ブサイクだぞ!」
    「うっ、うぅ……、うぇ……」
    「お前の親父さんがどんな人かは知らないけど、泣き顔より笑顔の方がいいに決まってるだろ!」
    「ありがとう」
    「いいって。俺達、親友だろ!?」

     親友。
     なんだか、宇治川くんには似合わない言葉に、思わず涙が止まった。

    「しん、ゆう……」

     ただの友達かぁ。
     そうだよね。宇治川くんは同級生のこと子供っぽいっていうくらいだし。
     じゃあ、あだ名をあげよう。

    「……――ミッツン」
    「は?」
    「ミッツン、あたし……大倉じゃなくて、明石っていう名字になるから」
    「ミッツンって俺のことか?」
    「よろしくね」
    「ちょっと待て大倉。いや、明石。待て。なんだミッツンって」
    「親友にはあだ名を付けないと」

     恋かと思ってた時期もあったんだけど。
     それから、数ヵ月後、あたしは委員会の途中で、カッターを滑らせて指を切ってしまう。そこからが、本当の恋の始まり。

    ***

    『記念日にします』

     武井が前を向いたままメモを机の上に置いた。
     これは僕の初恋の記憶。誰だこんな小っ恥ずかしいお題にしたのは――……とか言ったら、女子から大顰蹙買うな。浅田か川口あたりだろうか。明石は一応男のことも考えてくれるからな。
     それにしても、残っているのはたった一つ。記だけだ。しかも今回、漢字縛りがある。記で思いつくものが記念日しかない。もうすぐ創立記念日だしな。
     そろそろ授業終わりそうだ。もういいや。『記念日にします』。

    +++

     明石と出会ったのは、中学3年のとき。隣のクラスの女子。中でも、俺のクラスメイトだった不良男と仲のいい女子という印象だった。
     それから俺が明石への恋心を自覚するのは、出会って2年が経った頃。つまり、高校2年の夏だった。あの不良男にすら付けていたあだ名が俺にはないことが、妙に気になって。俺以外の男に二人乗りしようとも一緒に帰ろうとも言わないことが、妙に嬉しくて。そのとき初めて、俺は明石が好きなんだと思い当たった。
     その直後の、俺の誕生日。

    「……」
    「……」
    「おめでとう」
    「ありがとう」

     俺の手には、ピアスがのせられている。

    「明石」
    「なぁに?」
    「俺、ピアスしてたっけ?」
    「ううん。だからピアッサー付きでしょ? きっと大木に似合うだろうなって思って、買っちゃった」

     あぁ、なんて可愛い。そして理解不能。明石は時々、何度説明してくれてもわからない、俺なんかの理解を超える思考が爆発する。
     けれどそれは、体の痛みが伴わないものであってほしい。

    「……悪いけど、俺、ピアスは――……」
    「そーだよね……、大木、ピアスつけないのに、……ごめんね」

     途端、泣きそうに眉根を寄せるのを見ると、こっちが泣きそうになる。俺は明石に、笑っててほしいのに。

    「あー! わかった! 明石、俺なんか急にピアス付けたくなったわ! 今コレつける!」

     ガシャンっと思い切って耳に向けて引き金を引く気分で穴を開ける機械を握りこむ。

    「○×#+※ぁ!●!?」

     声にならない声が出た。
     痛い。ピアス付ける奴の気持ちがますますわからない。まじで痛い。死ぬ。

    「大木……! やっぱり似合うよ!」
    「お、おぉ……!!」

     明石が消毒液など、手入れ用品一式をおいてジュースを買ってくると宣言して教室から出て行った。
     クラスメイトの同情の視線が痛い。

    「……バカね。普通ピアスホールをあける際は氷で冷やして耳の感覚をなくしてからガシャーンとするのよ」

     隣の席で、一部始終を見ていたのであろう武井が溜め息とともにかすかに笑う。

    「……どうせバカですよ」
    「バカに一つ教えてあげましょうか」
    「ハイ」
    「消毒、明石に頼みなさい。喜ぶから」

     頼ってほしいとか、そういうことですか。
     できれば、もっと痛くないことにしてほしかった。

    ***

    『憶測の告白』

     先生の目を盗んで、村上さんが小さなメモを僕の机に置いた。これは僕の初恋の記憶。村上さんが答えているのは恋。恋人つなぎをしてみたい。
     誰を想って――横溝とは違う人を想って答えたのだろうか。チクリと胸が痛む。少なくとも、僕じゃない。
     さて、どれに答えようかな。やっぱり、初恋に関するものがいいのかな。チラリと隣の席の村上さんを見ると、背筋をぴんと伸ばして座っている。そしてぼんやりと、横溝を見ていた。
     初めて村上さんを見つけた時も、君はそうやってぼんやりと想い人を見つめていたね。
     『憶測の告白』。

    +++

     遅刻した。僕の悪い癖だ。嘘だ。本当は、間に合っていただろうけど、わざと遅れていった。
     どこの高校に行くかなんて、どうでもいい。できれば、市外の陸上が強い高校に行きたかったけれど、通学時間などの面で親が許してくれなかった。
     きっとどこどこの大学に行きたいから、レベルの高い高校に……というのなら、話は別だったのだろう。スポーツは体が資本だ。何かがあって選手生命が絶たれてしまえばそこで終わり。壊れた体と勉強のできない凡人以下になる。まぁ、僕自身は勉強できる方だと思うけど。

    「――」

     塾のロビーに、まだ人がいるとは。
     授業がないのか? そんなわけはないだろう。何だろう?
     タイムカードを押しながら、なんとなく突っ立ったままの女子を見る。中央中の制服だし、学年ごとに違う色になっている名札を見る限り3年…同級生だけど、見覚えはなかった。ぼんやりと、若い男の先生――誰だっけ?――を見ている。
     そしてそいつが、僕がタイムカードを押した音を聞いてか、顔をあげた。

    「城野内くん……と、村上さん。どうしたの?」

     村上さんというのか。やっぱりクラスメイトじゃないな。

    「遅刻しちゃいました」
    「城野内くん、ここ最近、ずっとじゃないか」
    「……」
    「それで? 村上さんは?」
    「あっ、私は――……その……」

     顔を赤らめる村上さん。

    「……数学でわからないところがあって」

     ダウト。わかりやすすぎるよ。
     先生は、小さく肩を竦めた。

    「質問は後で聞くから、授業に出ないと。ほら、二人とも行って」
    「……はい」

     チラリとみると、村上さんは悔しそうに唇を噛んでいた。
     僕達、まだ15歳だ。20代後半くらいのあの先生と釣り合うなんて、本気で思っているのだろうか。
     ――かわいいな。

    「……ねぇ、どこの高校に行くの?」
    「第一」
    「そう。オレも。よろしく、村上さん」

     本当は今決めたのだけど。

    ***

    これは僕の初恋の記憶

     メモが返ってきた。さて、誰がどの順番で、どんな気持ちで答えたのだろう?
     初恋っていうのは、きっと誰もが通る道で、高校で出会った私達は、お互いの初恋なんて知らない。いつか誰かの初恋を、聞けるといいなぁ。

    こ ここが世界のすべてだった
    れ れんげの花に添えて
    は はめを外して
    僕 僕の意志
    の のんびり歩こう
    初 初めて泣いた日
    恋 恋人つなぎをしてみたい
    の のらりくらりとかわされる
    記 記念日にします
    憶 憶測の告白

     メモを丁寧に伸ばして小さなアルバムに挟む。本当は写真用なのだけど、これがけっこう可愛く保存できる。

    「浅ちゃん、見せてー」
    「うん」
    「恵ちゃん、私も」
    「うん、見よー!」

     いつか、このメモ一つが懐かしくなる日が、きっとくる。ほろ苦く、甘酸っぱい初恋のように。

    2015/05/10公開