永遠少年症候群

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そこにあった恋

 連絡が来るまで、間藤恐という男の存在など忘れていた。というか、意識的に忘れようとしていた。
 出会いは、陽気な昼下がり。奴は新婚旅行に来たと言っていた。日本でバブルが弾けて、アホかというほど多かった日本人観光客が減ってきた頃だった。そこそこ美人だけれど、陰気そうな夫人を引っ張り回し、奴はどこにでも現れた。
 ちょうど俺はエヴァンジェリン魔法学校で教鞭をとることが決まって、アメリカから越してきたばかりだった。実は先生たちの中では珍しくエヴァンジェリン魔法学校が母校ではなかった俺は、どうにも居場所がなく飲み歩いていた。そんな俺はきっと、寂しそうだったのだろう。何度も遭遇した恐は俺を見つける度に同じテーブルについた。
 普通に過ごしてみれば気のいい同僚達とはすぐに打ち解けたのだが、どうにもネガティヴになっていた。恐が励ましてくれていたのは、実のところあまり良くない思い出だ。

『よう、連絡先は変わっていなかったようだな』
「久しぶりだね。何の用?」
『娘がお前んとこの学校に入学することになったんだ。お前、保護者やってくれよ。無事卒業できたら好きにしていいし』
「ちょっと待て。うちの学校って――……」
『エヴァンジェリン魔法学校だろ。転勤したか?』
「お前、俺が魔法使いって知ってたのか?」
『魔力でわかるだろ。もしかしてお前、俺が英語もイタリア語もぺらぺら喋れると思ったのか? 出会った時も魔法で調整してたんだが』
「……そこまで考えてない……。というか、好きにしていいって」
『嫁にくれてもいいぞ。のぞみに似て可愛いし』

 出会った時もイタリア人よりも適当だと思ったが、これはひどい。

「娘好きにしていいって、怖いものなしかよ」
『俺の名前は恐怖って意味だからな。恐怖は理解できん感情だ』
「どういう……?」
『あれ? 親父に会ったんじゃないのか? 間藤進一郎の名前と魔力の関係の話聞いてないか?』

 間藤進一郎……。俺が新任の時にいた胡散臭い日本人の講師。
 あの男の息子だったのか。

「あの胸くそ悪い研究のことは、よく覚えてない」
『おいおい、あれでも一応俺の親父なんだ。いいか? 普通の人間ってのは生きてるだけで魔力が尽きるから余分な魔力がなくて魔法が使えない。そこで、親父が目を付けたのは障がい者だ。俺の姉貴は「明」って名前なんだが明かりを知らない。目が見えないんだ。そしたらどうだ、魔力が高い。それで――……』
「えーっと、名前を生活に関する固有名詞にして、それを犠牲にして魔力をアップさせるんだったか」
『そんなもんだ。で、俺の娘はうまいこと魔力がアップしたんだよ。入学許可が出たってわけ』

 うまいこと、なんてさらっと言ったが、つまりは実験対象にしたということだろう。
 不幸な娘だ。

『旅行にはいいが、度々行くのは面倒だ。保護者、頼んだぞ』

 それから、恐は娘が乗る飛行機の到着時間を一方的に告げて電話を切った。
 アメリカだったらあいつ捕まってるな。

「……やれやれ。つーか、今日かよ」

 空港へ行かなきゃ。
 仕方ない。一応、あの小憎たらしい悪友の頼みだ。
 恐に振り回されるのはごめんだが、娘に罪はない。放っておくわけにもいかず、空港へと向かった。アジア人は珍しく、すぐに見つけることができた。
 早速白人主義のご婦人に絡まれているのに、ありがとうなんて返事をしている。恐の奥さんは陰気という印象だったが、娘は無機質な人形のようだという印象だった。
 数分後、俺は彼女の名前の意味を知ることになる。彼女はココロ。感情が欠落していた。
 手を繋いでココロを学校の前に連れてきたとき、彼女は最初の無表情を崩しもせずに淡々と魔法の絶壁を見上げた。これじゃいけない。学校生活は、これじゃいけないんだ。
 名前がなければいい。感情という意味の名前がなければ、それを奪われることはないのだから。

「君は卒業までココ・ブレナン」

 ひそかに指をならし、彼女から名前を奪う呪いをかけた。
 そうして、代わりにココという名前を与える。
 とたんに、無表情だったココが驚いた顔をした。……成功だ。

「え……?」
「僕は君を煮ても焼いてもいいって言われてる。本当は卒業させたらだけど……楽しい学校生活のために、君から名前を奪うよ、ココ。君を卒業まで僕の養子にする」

 ココはしばらく怒っていたが、寮へと送り届けたときは不安そうに俺に縋るような視線とともに、小さく手を振った。
 かわいい。娘がいたらこんな感じなのだろうか。
 寮を出た後、まっすぐに校長室へと向かうと、校長先生は先ほどのココよりも不安げな顔でぼーっとしていた。

「校長先生」
「あっ、はい!? ……あら、ブレナン先生。決めたのですか?」
「あ、いえ……、しばらく、残ろうかと思います」

 校長先生はわずかに顔をほころばせた。
 さっきまで……ココに会うまで、辞職しようと決めていたのだけど。

「では、担任の件も」
「えぇ。……それで、ですね。……娘ができました」
「あら、おめでとうございます。パートナーの紹介も受けていませんが」
「いや、養子です。……間藤進一郎の孫娘の、名前を奪いまして」
「ええと……、アルファクラスでしたね。ココ・ブレナン。この子かしら?」
「はい。魔力の元である名前を奪っていますので、魔力が減っているかもしれないな、と思いまして。ベータクラスに……」
「普通、奪う呪いの対象者は代わりに魔力が与えられるものですよ。その彼女の場合は、名前に魔力があるので増減はしないはずです」
「……」

 まずい。魔法理論苦手なのに魔法理論の教師に言うことじゃなかった。

「えーっと、とにかく、……その……」
「娘をあなたのクラスに入れたいのですね?」
「……心配なんです。名前のせいで感情がなかったんですよ!」
「……ウォーリック先生の反対がなければ、考えましょう。進一郎の孫、ですか。見てみたいものですね」
「間藤進一郎と仲がよろしいのですか?」
「と、いいますか、進一郎の祖先と一緒に研究をしていました。変な方向に向かってはいますが、進一郎が研究熱心なのはそのせいです」
「そ、そうですか」

 何歳なんだろう。俺の何倍も生きてるんだよなぁ。会ったときとほぼ姿変わってないよな……。
 初対面で口説いてしまったほろ苦い思い出がよみがえる。

「……それでは」

 それからというもの、ココが学校で俺のことをきちんとブレナン先生と呼んでいたのはほんの一時だったが、みるみるうちに友達を作って感情をコントロールし、素敵な美少女に成長していった。5年生でクラスをうつって、6年生で恋人ができて。
 どんどん俺の手を離れて、一人で歩いて行ってしまう。

「校長先生、話が」
「どうぞ」

 俺の顔を見て、校長先生はくすりと笑った。

「恋する娘を持つと、大変ですね」
「……。以前言っていた、女神を探す旅のこと、もう一度真剣に考えようと思います」
「ココの卒業を待たずに、ですか?」
「耐えられないんです。ココが他の男と楽しそうに……」

 隣にいるのが俺じゃなくて。
 ヴォルターとキスしたの、なんて、無邪気に報告をされて。あの時はあいつを殺さなくてよかった。
 キス、なんて。俺だってあのくらいの年の頃には一度はしたことがある。でもココは――なんというか、他の男の手で汚されたくない大切な宝石のような――……。

「まぁ……。恋に、落ちたのですね」
「え? 何を言っているんですか、俺は父親ですよ」
「いいえ、あなたはただの保護監督者です。懐かしいですね、わたくしに花を贈ってくれたときのような、顔ですよ」
「お、俺は……彼女の父親で……」

 校長先生が、鏡を持ってきた。そこには、ひどく動揺した男が映っていた。
 こんなんじゃ、ココに会えない。もし次に会ったら、抱きしめてしまう。
 両手で顔を覆うと、校長先生が隣に座った。

「そんなあなたを見るのは、私もつらいです。退職を許可しましょう」
「……ありがとうございます」

 恐に合わせる顔もない。
 そうして俺は、ココの卒業を見ることなく、彼女に名前を返して女神を探す旅に出た。