永遠少年症候群

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恋愛相談花一匁

 魔法史の授業でお祖父ちゃんの名前が出た。5年生以上の魔法史担当のフェリクス・コルネホ先生はお祖父ちゃんの研究について言う時、あまりいい顔をしなかった。

「シンイチロウ・マドウは名前に魔力が宿ることを発見した。研究自体は面白いし貢献度もあるんだけどね……」

 お祖父ちゃんが家族の名前を付けた魔力の弊害の話が出た時、大体のクラスメイトは顔をしかめた。やっぱり変人だと称されるのね。
 更に話は通り名について移り変わった。エミィの《魅惑》みたいな、有名人のニックネームみたいなもの。校長先生にも《校長》というのがあるらしいけど、そのまんますぎる。

「大体、言葉遊びですね」

 お祖父ちゃんの魔法で日本語に訳されてるから全然わからなかったけど、言葉遊びがあるらしい。エミィの場合はEmmaとenchantを使った造語の《Emmachant》。校長先生は何か意味があるのか、通り名の校長はprincipalやpresidentではなく《Warden》だ。面白さがよくわからないけれど、とにかく面白いものらしい。コルネホ先生は通り名の話題だけでデートできる、と言ってた。その例えもよくわからない。

「通り名が与えられた魔女には、この分の魔力が付与されます。また、通り名というのは敬称になります」

 そういえば、そんなことを昔クライヴが言っていた気がする。冷たい感じもするけど、きちんとした場では通り名の方がいいのね。

「吸血鬼にも通り名ってあるの?」
「あるよ」

 放課後の図書室で、エミィと二人でヴォルターの背中を背もたれにして尋ねてみる。マティアスとアンブラもそれぞれ横からヴォルターに凭れている。年長者の可哀想なところだ(最年長はエミィだけど)。隣のスツールではチェルソとマーリーがお互いの背中を背もたれにして何やら話し込んでいた。

「サクラは《深紅》よね。血の色そのものが通り名なの」
「サクラーティは人間を次々襲ってたから、犯罪者として有名なんだ。一番気性が荒い吸血鬼だと思うよ」
「へぇー」
『他にも面白い通り名とかあるの?』
「アタシ、《飛んだフレッド》には笑っちゃった。通り名つけてもらうために飛ぶ魔法作り出したとしか思えない」
「フレッド・フレッドって語呂いいわよね」

 その後も他愛もない話を続けているとエミィがマーリーに呼ばれて隣のスツールにいってしまった。エミィのいたところには、アンブラがきた。

『ココって、好きな人いないの?』

 他の人に見えないように、小さな字で書かれている。首を振ると、アンブラは首を傾げた。可愛い。

『興味ないの?』
「あんまり。そっちこそ、最近よく私の相手してくれるけどどうなったの?」
『言っとくけど、別れてないわよ。今は冷却期間なの』
「……ムズカシイわね」
『そうね』

 やがて、アンブラもマーリーに呼ばれて隣に行ってしまった。
 冷却期間とやらのことをもっと教えてほしかったのに。

「減っていくわ……。はないちもんめみたいね……」
「陣地が広くていいじゃないか」
「何の話してるのかしら」
「いつも通りロクでもない話だろ。……はぁ? 僕?」

 ……結局、マティアスも呼ばれていった。ヴォルターに背中を預けるのは、やっぱり落ち着くわ。

「……二人っきりね」
「そうだね」
「何を読んでるの?」
「マーリーに読めって言われた少女マンガ」
「……そう。面白い?」
「面白いよ」

 3年生のときだったか4年生のときだったかに言っていた、好みのタイプがどんくさい子というのに合わせて選び抜かれた漫画であるらしい。
 それにしても、マーリーもなぜヴォルターに勧めるのかよくわからない。だって200歳以上の男性だもの。本当に面白いのかしら。

「最近、みんな遠くでヒソヒソ話してて、さみしいわ」
「オレがいるじゃないか」
「そうね。陣地も広いし」

 そのうちわらわらと戻ってきて、男女に分かれてスツールに座ることになった。有無を言わさず、だ。

「何話してたの? 私は仲間外れの話?」
「ううん。ちょっとした恋愛相談よ」
「どうせ私は役立たずよ……」

 スネて見せると、みんなくすっと笑った。

「エミィは誰か好きな人できたの?」
「いいえ。この学校の子達って、400歳は年下だもの。ちょっと年下すぎるわ」
「マティアスとかヴォルターは200歳くらいじゃない?」
「ゲルマン系よりラテン系じゃない?」
『わかるー!』

 わかんない……。
 思わずため息をつくと、男性陣も何やら盛り上がっていた。
 なんかみんなが遠いなぁ。なんだろう、この疎外感。やだなぁ。いじけていると、ヴォルターがやってきた。

「ココ」
「なあに? ヴォルター」
「あー……週末、出かけない?」
「いいわよ。どこに行くの?」
「どこがいいかな……。夜になるんだけど……」
「どこがいいかなー。ねぇ、マーリーどこがいい?」
「ちょ……何言ってんの。私は行かないよ」
「え? エミィとアンブラは?」
「もちろん行かないわ」
『ヴォルターはあなたを誘ってるのよ、ココ』

 ヴォルターを見上げると、彼は小さく肩を竦めた。

「二人なの……?」
「嫌かな」
「少人数で夜に出掛けたら、パパが怒るわ……」
「えっ、先生ってデートも許してくれないの!?」
「デート……なの……?」
「……違うよ」
「そうよね」

 私の後ろでアンブラが文字を出したらしい。ヴォルターが文字を読むように目を動かして、苦笑した。振り返った時にはもう文字は消えていた。

「ヴォルターとなら、危なくないから許してくれるかなー。パパに聞いてみる」
「あ、いや、いい。いいよ、そこまでしなくて」
『ココ、もうすぐ私達16歳よ。いつまでパパのいう事きくの?』
「そうねー……」
「いいよ、ココ。今度……みんなで出かけよう」
「――――」

 エミィの声が聞こえたんだけど、ピーっと音がして聴こえなかった。なんだろ。

「あ、いや……、ココ、二人で! 話がしたいんだ! だから!」
「わかった。どんな話なの?」
「えっと……好きな映画の話とか、好きな本の話とか……」
「じゃあ、今話せばいいじゃない」
「えっと……そうじゃなくて……」

 ヴォルターの目が泳いだ。

「みんながそんなにじっと見るからよ」
「いや、あんたと話が噛みあわないからだと思うよ」
「……そうね……。二人で話したいって言ってるんだから、今聞くべきじゃなかったわ……。明日、太陽が沈んだら出かけましょうね」

 ここでは言えない話、なのね。
 疲れ果てた様子でマティアス達の元へヴォルターが戻っていく。

「……何だったのかしら」
「ココ、あんたにも少女マンガを貸してあげるわ」
「実家にいっぱいあるからいいわ」
「もしや応用が利かないタイプなの?」
「何の話? 少女マンガ読むなら実家から送ってもらうけど」
『読みたい!』

 そこからは、なぜか少女マンガの話で盛り上がった。
 部屋に戻ると、エミィが言いにくそうに口を開いた。

「ココ、ヴォルターのことどう思ってる?」
「好きよ」
「マティアスとヴォルターだったら?」
「ヴォルターよ」
「ヴォルターとブレナン先生だったら?」
「好きの意味が違うわ。ヴォルターは友達で、クライヴは家族よ」
「恋愛感情は、まだわからないというの?」
「わからないわよ。なんでそういうこと言うの?」
「あなた、わからないんじゃなくて、面倒だからわかろうとしてないだけなんじゃないの?」
「えっ……そ、そうなの?」

 冷静に考えてみると、そうかもしれない。マーリーとかアンブラが、はじめはキラキラして楽しそうでも、次第に疲れた感じで愚痴り始めるのを何度も見てきたし。傍から見てデメリットの方が多い気がして。

「そうね。……関係なさそうだから、理解するつもりもなかったのかも」

 でも、なぜこのタイミングでそんなこと。学生で必要ある? ……あるから、マーリー達は恋愛してるのかな。

「うーん。ちゃんと理解しなきゃね。で、それって少女マンガでいいの?」
「……アタシよりは参考になるかもね」

 実家から送ってもらうと言ったけれど、実家の家族が学校に漫画なんてものを送ってくれるとは思えない。
 魔法で取り寄せるか……。
 集中して指でハートマークを描くと、本の山が現れた。本棚ごと移動させればよかったわ……。

「随分たくさんあるのねぇ」
「感情の勉強に」

 恋愛のごちゃごちゃした部分はほとんど読み飛ばしていた気もする。

「よーし、読むわよ……」
「アタシ、これ読んでみよー」

 エミィと並んで漫画を読んでいく。
 わー……、きゅんっと甘酸っぱい感じがする。

「ん……?」

 なんだかデジャヴのようなセリフに、何度も手が止まった。元々私のものだから、読んだことはあったけど、そういうのとは違う……。
 ふっと、ヴォルターの顔が浮かんだ。
 あぁ、そうね。そういうこと、なのね。私、とっくに恋愛感情を知ってたのね。

「う、うわー……!」
「どうしたの?」
「私、ヴォルターのこと好きみたい……!」
「ようやく気付いたのね……」
「ちょっと待って、エミィは知ってたの?」
「みーんな、気付いてたわ。知らないのは本人達だけよ。ココ、いっつもヴォルターにくっついてるし、まずヴォルターに話しかけるし……、それに」
「も、もういい! 言わないで!! 恥ずかしい!!」

 手に持っていた漫画を放り投げてクッションを抱きかかえる。
 とんっとエミィが床にかかとをぶつけた音がした。顔をあげると、いつものハーブティーとは違う、甘そうなココアだった。

「飲んで」
「ありがとう」

 ココアはじんわり体にしみこんでいくようだった。温かいのが広がって、胸のあたりがぽっと温かくなる。
 そうか、私、ヴォルターが好きなんだ……。

「私、いつから?」
「3年生の頃には、気になってたんじゃないかしら」
「そんなに前からなの……」

 ずっと、関係ないって思い込んで知らんぷりしてたのね。

「ねぇ、ヴォルターは好きな人いるのかしら」
「……本気で言ってる?」
「い、いいえ……冗談、冗談よ……あはは」

 本気で呆れられていたようだったので、思わず首を振った。
 明日は、ヴォルターと二人で出かけるのか。……友達以上に好きなんだって気付くと、妙に気恥ずかしい。話したいことがあるって言ってたわね……。

「……楽しみ……」

 朝、クローゼットの中をひっくり返して服を引っ張り出しているとエミィが眠そうな目をこすりつつ起きてきた。

「何してるの?」
「服が決まらなくって」
「出かけるのは夕方でしょ? まだ朝じゃない……」
「それはそうなんだけど……」
「ご飯食べたの?」
「お腹すかないの」
「だめよ、食べなきゃ」

 適当な服に着替えて、エミィと一緒に食堂におりる。ヴォルターに会ったらどんな顔をしたらいいのかわからなかったから、ヴォルターがいなくてほっとした。

「二人ともおはよう」
「おはよう」

 マーリーとアンブラが既にいたので、二人が座っているテーブルについた。

「二人とも、作戦成功よ」
「ほんと?」
『グッドタイミングじゃない』
「作戦って?」
「ココに恋心を自覚させようって話。昨日言ったでしょ? ちょっとした恋愛相談してるって」
「あれ、私の話だったの?」

 ……本当にみんなは気付いてたのね……。昨日、仲間外れだったのは私とヴォルターだけなんだから、チェルソやマティアスもその作戦っていうのを知ってるってこと?
 恥ずかしい。
 なんで。

「なんで勝手にそんなことするの?」

 思わず、口から零れ落ちていた。
 3人の笑顔が固まった。違う、そんなつもりじゃない。でも。

『ココ、迷惑だったの?』
「…………ごめん」

 席を立って、走って食堂の扉へ向かう。エミィが追いかけてきたけど、ドアをクライヴの部屋につなげてそのまま出てきた。

「おはよう、ココ。もうドアの魔法使いこなせてるんだね」
「……」
「何で泣いてるんだい?」
「わ、わかんない」

 わからない感情。わかろうとしなかった感情。
 笑われていたのか。
 呆れられていたのか。

「……わかんないの……」

 私は結局、ヴォルターとの待ち合わせ場所に行かなかった。