永遠少年症候群

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    魔法理論レポート

     授業を受けていると、私は魔力についてほとんど何も知らなかったんだと改めて思う。そして、海外の魔法使いの家系の子達が、いかに魔法に親しんで生活してきたか、よくわかった。私は何も知らない。ただ魔力だけがある。
     魔力は、増減する。これは、呪いや魔法の使用などの影響と、体質の影響がある。魔力を使っても回復する人としない人がいたり、魔力よりも体力の消耗が激しい人がいたりする。
     自分できちんと体質を把握しておかないと大変なことになる可能性だってある。……とはいえ、回復しない人は入学できないみたいだからその点は大丈夫みたいだけど。

    「……ミニレポート、終わったぁ?」
    『終わってたらさっさと部屋で寝てるわ』
    「アンブラって、レポート用紙に書くのも魔法で?」
    『こっちの方が楽で……もう戻れそうにないわ』

     少しだけ、ヴォルターと仲良くなった朝のチェルソとの会話を思い出した。アンブラの呪いが解けたら、アンブラの声を失った分の魔力は底をつき普通の人間レベルに戻ってしまう。
     この便利な魔法の存在を知る前の生活には、戻れないだろう。

    「ココ、考えごと?」
    「……あ……、うん。レポート、難しくて。他の本借りてくるね」

     席を立って、本棚の合間を縫っていく。
     私達は今、魔法理論の宿題であるミニレポートを片付けに図書室に来ている。図書室、というには広すぎるけれど。
     ミニレポートのテーマは、魔力について。日本の小学校ではレポートの宿題なんかなかったから、さらさらと書いていくマーリーやアンブラよりも、かなり遅れをとっていた。
     窓際のデスクを並んで陣取っている二人の元に戻ると、一度部屋に帰っていたエミィが戻ってきていた。エミィはアルファクラスで授業が違うから、まだミニレポートの宿題は出されてない。

    「ココ、進んだ?」
    「いいえ。難しいわ」
    「難しく考えないで自分の考えを書けばいいのよ」

     席に座って、パラパラと本をめくっていく。ふと、気になる文を見つけて手がとまる。

    「ねぇ、エミィ。これ、どういうこと? 自分に混ざっている誰かの魔力は感じない」
    「あぁ、これは……自分の祖先の魔力は感じないってこと。ココの両親とかお祖父ちゃんとか、……ブレナン先生のも。でも、ココのイトコとかはココの魔力に混ざってない、他人の魔力が混ざってるから魔力を感じるわ」
    『私に呪いをかけた人の魔力を感じ取って探すことは、私にはできないのね』
    「そういうこと」

     エミィの説明ってわかりやすいわ。
     それから1時間ほど本を読み漁って、なんとか魔力の要点をまとめて自分の考えを書いた。

    「はあ……魔法学校って、魔法理論実践みたいな授業ばっかりだと思ってたのに」
    『その魔法理論実践も全然魔法って感じしないしね』

     アンブラが苦笑する。
     授業が始まってから2週間、まだ魔法理論実践は魔力の体質の見極めをしていて魔法の実践は全くしていない。というのも、最初の授業が魔力ほぼゼロの状態から何日で魔力が全回復するかはかるというもので、まだ回復しきっていないクラスメイトがいるからだ。
     私は、一晩寝れば完全に回復した。大半はこの一晩寝れば回復するパターンだった。アンブラは2日かかったけど、マーリーは10分ほどで回復していた。
     それよりも驚いたのはエミィで、マーリーのルームメイトがマーリーに語った話によると、エミィとマティアス、それに飛び級入学の男の子の3人は魔力が多すぎて授業中に魔力をゼロにできなかったそうだ。ヴォルターはマーリーと同じように数十分で回復していたから、マティアスなんかは使ったそばから回復していたのかもしれないなって話題になっている。

    「ねぇ、レポート終わったし学校の外に遊びに行こうよ」
    「そうね。お姉さんが3人にお疲れ様のケーキを奢ってあげるわ」
    「わー! ほんと!? 街に出たこと、まだないのよ!」
    『エミィ、大好きよ!!』

     きゃあきゃあ盛り上がったまま、服を着替えるために寮の部屋に戻ることになったが、初の観光はお預けになってしまった。
     血相を変えたクライヴと鉢合わせたかと思うと、彼が寮の1階にいた生徒達に自分の部屋に戻るように言ったからだ。
     あまりの気迫に、私達は誰もクライヴに質問することもできずにバラバラに部屋に戻った。

    「何があったのかしら……」
    「何だろうね。パパの様子を見る限り、きっと重大なことが起こったのね」

     それも、あまり良くないことが。
     ようやくレポートが終わったところだったので勉強をする気にはとてもなれず……とはいえ、部屋は以前マーリーが殺風景と評したままだ。部屋の真ん中にあるラグの上で、クッションを抱きしめながらエミィに話しかけることくらいしかすることがなかった。たぶん、エミィも同じだと思う。

    「《魅惑》、いますか?」

     少しだけ低い声だった。誰だろう。エミィを見ると、彼女も私を見て大きく瞬きした。心当たりがないらしい。エミィは少し首を傾げてドアを開けた。
     廊下には何度かすれ違ったことのある先生がいた。確か、3、4年生の選択の授業で、南塔に研究室がある先生だ。

    「少し確認することがあります。来てもらえますか?」
    「……はい」

     エミィが伏し目がちに返事をすると、先生の目が光ったように見えた。あれは、何かを確信した顔だ。

    「ちょっと待ってください! 何の用かはっきりすべきです!」
    「君には関係ない」
    「私、先生が何を考えているかわかる。エミィを疑ってる……ううん、はっきり言って罪をかぶせようとしてる」

     エミィの腕を引っ張ると、先生はイライラした顔で無理に猫なで声を作ったような声を出した。

    「大丈夫だよ。ちょっと確認することがあるだけで……」
    「じゃあ、なぜ私の前ではダメなの?」
    「プライバシーに関する質問だから」
    「ココ、いいのよ。疑われるようなことは何もしてないわ」
    「ダメよ、エミィ。私、わかるの。先生は今、何かを決め付けたわ。それじゃなくても何かが起こってエミィが連れていかれたら誤解されるわ。先生、みんなの前で誤解のないように質問すべきです」

     私がエミィの手を離さないので、先生は完全にイライラを隠さなくなっていた。

    「よろしい、君も一緒にきなさい」
    「嫌! 離してください!」

     力で大人に敵うはずもなく、ずるずると引きずられるように階段をおりていく。
     先生に連れられて現れた私達をみて、クライヴが目を丸くして駆け寄ってきた。

    「ココ、部屋にいなさいって言ったじゃないか」
    「先生のクラスの子ですか? 自分が《魅惑》を連れてきたら、くっついてきたんです」
    「なぜ彼女を?」
    「こいつが犯人に決まってるじゃないか」

     先生があごでエミィを示すと、クライヴが私と同じくらい顔をしかめた。

    「理由は?」
    「悪魔じゃないか。こいつが彼の精気を吸ったんだろう」
    「エマ、どうだい?」
    「馬鹿げてるわ」

     エミィがとても冷たい声で言った。クライヴがそうだね、といわんばかりに肩を竦める。

    「女子は男子寮には入れませんよ。あなたが女子寮に入れたのは教師だからで……」
    「悪魔は実体がないから通り抜けられる」
    「……あぁ、先生は今年から就任したから知らないんですね。学校の敷地には悪魔除けの呪いがかかっているので、彼女が実体化を解いて学校の敷地内に存在することはできないんですよ。それで……、彼女が犯人だという根拠はなんでしょうか?」
    「何でだよ。わかるだろ! 悪魔じゃないか!」
    「大体、何か勘違いしているようですが、《魅惑》は獏であって夢魔ではありません。実体化を解いてもできることといったら夢を食べることぐらいですよ」

     ウォーリック先生も冷めた声で言う。それから、優しい顔でエミィに向き直った。

    「教師の立場にありながらあなたを不愉快にしてごめんなさいね、エマ。もう部屋に戻りなさい。そこの、盗み聞きしている生徒もみんなです」

     いつの間に集まっていたのか、生徒達はみんな改めて解散することとなった。
     私が階段をのぼりながらも怒っていたらエミィはくすくす笑った。

    「だから大丈夫だって言ったじゃない」
    「いいえ、とっても失礼だったわ。謝罪したのだって全然悪くないウォーリック先生よ!」
    「そういうこともあるわ」

     エミィがあまりに怒っていないので、なんだか馬鹿馬鹿しくなって話題を変えることにした。さっき、気になったけど聞けなかったこと。悪魔除けの呪いというものについて。

    「それにしても、悪魔除けの呪いなんてものがあるのね」
    「まあ、珍しいわね。ほら、エヴァ……校長先生って、悪魔に弱いの。ウォーリック先生はああ言ったけど、獏って夢を食べるだけじゃなくて睡眠も操れるの。それでね、若い頃の校長先生ったら、アタシが操ろうとしなくても近寄ったら寝ちゃうくらいだったのよ。だからきっと、呪い学の先生に悪魔除けの呪いをかけてもらったのね」

     クライヴと3人で話したときは堂々と校長先生を呼び捨てにしていたから、これはきっとまだ聞き耳を立てている生徒向けの言葉でもある。
     そうだわ、さっきの先生たちが言った言葉は、きっとエミィを誤解したままの生徒達も聞いていたはず。嫌な出来事だったけど、エミィに対する誤解が一気に解けるきっかけになったかもしれない。
     てっぺんの自分の部屋に戻ると、急いで往復したから足がパンパンになっていた。ストレッチをしながら考える。

    「精気を吸われたような状態の子が発見されたってことよね」
    「そうなるわね。精気って、魔力のことよ。悪魔用語。つまり、魔力が尽きた状態の子がいたのよ。エドワールがウォーリック先生の奥に立ってたところを見ると、たぶんエドワールのルームメイトなのね」
    「エドワールって誰?」
    「飛び級の……ほら、学年で最年少の子よ。けっこう魔力も多くて」
    「あー、顔わかんないや。でも、最年少の子のルームメイトって言ったら……うちのクラスのセフェリノ・ベルスだわ」

     セフェリノ・ベルスかぁ。セフェリノ・ベルスといえば……。

    「魔法理論実践の授業で魔力が回復するのに何日かかるかっていうの、まだ回復してなかったのがセフェリノ・ベルスなのよ。きっと、回復しなくて倒れたのね。魔力って生命力でもあるんでしょ?」
    「そうね。回復しないタイプの子だったのかしら」
    「でも、入学の資格はちゃんと回復するタイプであることでしょ。それに、魔法理論実践の授業では一般の人間程度には魔力を残してたはずよ」
    「そうよねぇ……。倒れるほど魔力が減るなんて、魔法を使ったのかしら? 可哀想だわ、エドワール。小さいのにルームメイトが倒れちゃうなんて、きっと心細いはず」

     それから、1時間もしないうちに寮内放送があった。もう部屋から出ていいらしい。何の連絡もしなかったけど、マーリーとアンブラが部屋に遊びに来た。

    「これから街に出てもすぐに帰ってこなきゃいけないから、外に行くのは明日がいいんじゃないかと思うんだけど、どう?」
    「いいと思うわ」
    「ねぇ、外に出たらエミィは実体化を解くの?」
    「人間の体って、とても肩が凝るのよ。できれば実体化を解いて飛び回りたいわ。夢も食べたいし」
    『夢って、どんな味がするの?』
    「おいしいの?」

     アンブラとマーリーの矢継ぎ早の質問に、エミィはそうねぇと言いながら新しいレポート用紙を取り出して風船みたいな絵を描いた。

    「大体、こんな見た目」
    『風船ね』
    「そうね。この風船に、色がついてるの。色が夢の感情を表してるのよ。明るい色のは、大体美味しいわ」
    「食感とかは?」
    「噛むものじゃないから食感はないの。とにかく、体に取り入れるっていうか……」

     その後も、わいわいと夢の話をした。今まで見た中で面白かった夢の話や、エミィが出会った夢の話など。
     その日に見た夢の中では、エミィがみんなと随分仲良くなっていた。とても嬉しく思う夢だった。

    2015/04/14公開