永遠少年症候群

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ファンタジー、恋愛要素、ハッピーエンド多め。
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    授業開始

     教室に入ると、マーリーが寄ってきた。

    「おはよう、マーリー」
    「おはよ。なんでエミィがあんなこと言ったか、わかったよ」

     マーリーによると、昨日アルファクラスで、魔法使いの家系じゃない子達はエミィに普通に話しかけていたらしい。でも、エミィを鬼人種だと知ってる子が、通り名通りのエミィの魅惑に当てられたせいだ、エミィはおぞましい悪魔なんだとエミィにも聞こえるように言ったらしい。

    「……つーか、それって小学校一緒だった奴なんだけどさ」
    「ひどい……」
    「私もエミィはいい奴だって言ったんだけど、魅惑に当てられたせいだの一点張りでさ」
    「……ねぇ、どうしたらいい?」

     マーリーは肩を竦めた。

    「エミィがそっとしておいてほしいって言うんだから、そっとしてていいんじゃない? 寮や学校の外で仲良くすればいいじゃない……。どうせクラスが違って、学校じゃそんなに一緒に居られないし」
    「うーん……そういうものなの……?」
    「そうなの。つーか、あんたは大丈夫なの? 私としか話してないでしょ。ほら、クラスメイトの名前知ってる!?」

     あたりを見渡す。……知らない……。

    「あ、えっと、チェルソは……わかるわ」
    「……よかったよ」
    「チェルソ、他にも地元出身の子っているの?」
    「えーっと、アンブラ」

     チェルソが名前を呼ぶと、きれいなブロンドの子が寄ってきた。

    「アンブラ・タッシナーリ。僕と同じ小学校だったよ」
    「そうなの。今度、ここらへんを案内してね。私、ココ・ブレナンよ」

     アンブラはにっこり笑って手を振った。

    「アンブラは声が出ない呪いをかけられてるんだ。それで、普通の家庭の子だったけど魔法学校に入学したんだよ」
    「……そうなの」

     声が出ない呪いというよりは、きっと声を奪われる呪いだったのだろう。私が名前を奪われたように。きっとそれで、魔力が増幅したのだ。
     アンブラが、私の肩を叩いて私とアンブラの間にある空間を指差す。

    『そうなの。でも私うるさいから、よろしくね!』
    「文字が浮いてる……。魔法……よね?」
    『そうよ。これだけは必要だから、チェルソのママに教えてもらったの』
    「ふーん、面白いねー。あ、私マーリー・ロングフェロー」
    『よろしく!』

     また友達が増えた。
     すごいことだと思う。だって、1日に何人ものクラスメイトと話すなんてこと、今までなかったもの。

    「呪いをかけられるのって、大変ね」
    『まあね。何が起こったのかわからなかったわ』
    「そういえば、日本にもいるでしょ? 自分の一族に呪いかけてる変な魔法使い」
    「うーん? 私、自分の家族しか日本の魔法使い知らない……」
    「そんなものなの? イギリスじゃ、魔法使い同士でお祭りとかあるけど」
    「あー、わかったよ。間藤一族じゃない?僕のお父さんが何か言ってた気がする」
    「…………」

     もしかしなくても、変な魔法使いってお祖父ちゃんのことだ……。一族に呪いなんか……そうか、命名の実験のことだわ。

    「どうしたの、ココ」
    「ん?」
    『顔色が悪いわ』
    「あ……ごめん、ちょっと……」

     教室を出て、魔法史研究室……クライヴの研究室に向かう。

    「あの、先生……」
    「どうしたんだい? 今日はココのクラスに魔法史の授業はないよ」
    「今日は、パパに会いにきたの……。あのね、私の家……実家の方よ。ヘンなの? 自分の一族に呪いをかけてる変な魔法使いだって。でもあれは実験で……呪いなんかじゃ……」
    「あぁ……間藤の名付けは僕が君にかけた呪いと似たようなものだよ。一生……君みたいなことがない限り、一生続く呪いさ」
    「……」

     そうよね、名前って、一生モノだもの。
     そっか、あれは呪いなのね。

    「まぁ、お爺さんの場合、魔力が増えるから良かれと思ってのことなんだろうけど、その代償は大きすぎるだろう?」
    「そ、そうね……代償は大きいけど良かれと思って……。あの名付けがなきゃきっと私はここにはいないもの」

     “あの”と言っても、自分の本当の名前はどうしても思い出せないんだけど。

    「そうだよ。全ては女神の導きさ。それに君は今、ココ・ブレナンだ。間藤の評価なんて気にしなくていいよ」
    「あ、そういえば、私にパパの魔力が混ざってるんでしょ? エミィが言ってたわ。名前をとられたからだって。私、クラス分けの時に大変だったんだから」
    「ん? 《魅惑》が何故それを? 彼女、魔法の知識なんてないはずだ」
    「他にも名前をとられた人を見たことあるんだって」
    「…………もしかして……」

     クライヴがデスクに寄りかかったまま、考え込んでしまった。私の声なんか聞こえてないみたいだ。

    「もう、聞いてるの? 大体、みんな悪魔とか《魅惑》とか……、エミィにはエミィって名前があるのよ」
    「後々授業でやるけど、通り名の方が敬称なんだよ」
    「そんな屁理屈を聞きたいんじゃないわ。エミィはエミィなの」

     クライヴは肩を竦めた。

    「もうすぐ授業が始まるよ。またおいで。そこのドア、魔法理論の教室に繋げてるから」
    「うん」

     夢にまで見たどこでもドアだわ! 信じられない。学校を卒業する頃には、もしかしたら私にもどこでもドアが作れるのかしら!
     クライヴが指差したドアを抜けると、マーリーがちょうどやってきた。

    「ココ、大丈夫?」
    「うん」

     机の右隅に名前を書く。ぱっと机が変わった。
     ちょうどその時、先生が奥の部屋から出てきた。小太りの、人がよさそうな男の人だ。

    「みなさん、初めまして。初めての授業かな? 私は魔法理論を教えていますジークムント・シュテッパンです。私はみなさんの先輩でね、校長先生に魔法理論を習ったんですよ」

     シュテッパン先生は朗らかに笑って、黒板の前に立った。

    「それじゃ、早速授業を始めます。魔法理論というのは、効率よく魔法を使うための授業です。それじゃあ、教科書の最初のページから」

     教科書を机から出して広げると、魔力の説明があった。

    「魔力というのは、生命力でもあります。魔力を持っている生物は、人間と悪魔や吸血鬼です。悪魔や吸血鬼は強大な魔力を持っていてほぼ不老不死ですが、魔力を魔法に変換することは得意としていません。ですから、強大な魔力を持っていても勉強熱心な人が入学しています」

     確かに、エミィは使い方がわからないと言っていた。

    「一方、人間の魔力はごくわずかです。その中でたまたま魔力が多い人が魔法使いや魔女と言われます。しかし人間の魔力というものは不安定で、成人すると魔力が減少していく人や増えていく人もいます」

     とてもいい人そうな先生だけど、教科書を読んでいくばかりでとても……とても、眠くなるわ。ううん、でも初日から寝ちゃうなんてダメだ。
     一生懸命目を開けていると、先生と目があった。

    「……所有物によって、魔力を左右することもあります。つまり、色、感覚……名前などです。……これは、私の研究ですが、魔法使いには色素欠乏症患者やなんらかの障がい者が多いことがわかっています。また、通り名を与えられた魔法使いは総じて魔力が増えています」

     ……眠い……。
     なんとか1時間耐えて、休憩時間にはひどい疲労感でぐったりしていた。

    「あー、よく寝た!」
    「マーリー、けっこう揺れてたよ」
    「次の授業ってなんだっけ」
    『スポーツよ』
    「えー!?」

     体育の授業なんて、魔法に関係ないからないと思ってたのに!
     スポーツの授業は、アルファクラスと合同だった。本当はエミィに話しかけたかったけど、エミィはいなかった。先生によると、スポーツ免除の生徒は何人かいて、エミィもその一人だという。
     体力測定をして、それから筋トレみたいなことをした。

    「魔法ってのは体力勝負だ!」

     体育の先生は、何度もそう言ってガハハっと豪快に笑っていた……。程よい疲れを感じつつ、もぞもぞと着替えてぞろぞろと移動する。こうしてると普通の学校と変わらない気がする。
     3時間目は、世界史。エルネスティーヌ・ロダンと名乗る若い先生は、サラサラのボブがよく似合う美人だった。
     思っていたよりも、魔法と関係のない席に座って授業を聞くだけのものが多いらしい。この世界史は、魔法史と同じペースで進めていくという話だった。

    「ブレナン先生と仲良いのかな」
    「え?」
    「他の授業の先生よりは、確実によく会うはず。ロダン先生がココの養母になる可能性もあるんじゃないかってことよ」
    「養母……?」

     考えたこともなかった。
     そもそも、クライヴは独身なのかな。

    「さて、まずは神話からよ。魔法使いの家系じゃない子は、こっちの神話に馴染みがあると思うわ。実は、魔法のことを知らない人間って、魔力を与えてくれた女神のことも知らないの。だから、魔法使いの神話は一つだけど、世界にはたくさんの神話があるのよ。適当にいくつか紹介するわ」

     全知全能の神の神話、唯一神の神話、たくさんの神がそれぞれの役割を果たしている神話。
     本当にいろいろな種類の神話があった。

    「……最後に、ユーロ創国伝説ね。ヨーロッパを統一した王様を巡る伝説で、これは有名よね。世界史は、このユーロ王がヨーロッパを統一してからようやく始まるの。しばらくはこのユーロ王に関することを進めていくわ」

     ユーロ王。その名前にヨーロッパ周辺の出身の子はうんうんと頷いていたけれど、私にはよくわからなかった。日本のことはあんまりやらないんだろうな……。
     授業中は、ほとんど先生の話をメモしていた。私は他の子よりも知らない分、真面目に聞かなきゃ。

    「うー……!」

     授業が終わると、マーリーがぐーっと背筋を伸ばした。彼女は世界史の授業でも船をこいでいた。魔法理論ほど眠くなかったけどなぁ。

    「ココ、帰ろう」
    「あ……ごめん、パパのとこに行くから、先に帰ってて」
    「そう? それじゃ、アンブラ一緒に帰ろう」
    『ココ、また明日』
    「うん、またね」

     二人やチェルソを見送ってクライヴの研究室へ向かう。

    「先生……」
    「やぁ、ココ。今ちょうど君のクラスの打合せしてたとこだ」

     クライヴの向かいに座っているのは、ロダン先生だった。
     マーリーの言葉がよみがえってくる。ロダン先生が養母になる可能性も……。

    「あら、噂の娘さんですね。さっきの授業、とても真面目に聞いてくれて嬉しかったわ」
    「自慢の娘です」
    「や、やめてよパパ……。自慢することじゃないわ。お邪魔してごめんなさい、帰るわ」
    「ふふふ、ブレナン先生がパパなんて本当に似合わない。いいのよ、私がお暇するわ。コーヒーごちそうさまです、ブレナン先生」

     ロダン先生が手を叩くと、マグカップがきれいになった。

    「おや、いいのに」
    「ふふふ、それじゃ」
    「……ロダン先生と仲良いの?」
    「まあ、彼も同じ歴史専門だし、良い方だと思うけど。どうしたんだい?」
    「あ……」

     今、彼って言った。

    「……あの、一つ確認よ。ロダン先生って、女性よね?」
    「名前も喋り方も女性っぽいけど、れっきとした男だよ。結婚もしてるし」
    「……そ、そうなの……。あのね、クライヴは結婚しているの?」
    「独身だよ」
    「継母は、いない?」
    「なんだ、そんなこと心配してたのかい? 意地悪な継母がいないかどうか?」
    「うーん、違うけど、そうね。子どもにとっては重大な問題なのよ」
    「そうだね」

     クライヴは大真面目な顔で頷いた。

    「……あのね、友達、できたのよ」
    「良かった。恐も喜ぶんじゃないかな」
    「……」

     本当の両親のことを、一瞬忘れていた。クライヴの方が何倍も親みたいなんだもの。

    「……ねぇ、でも、私が今一番大切な友達はエミィなの。エミィには、名前の秘密を教えてるわ」
    「あぁ、だからクラスを離したと校長先生に聞いたよ」
    「そうなの。でも、エミィは悪魔だからってクラスで孤立してるの。私も、学校では話しかけない方がいいってエミィに言われちゃった」
    「彼女は気高い悪魔だ。《魅惑》なんて通り名まで与えられて、夢魔からも獏からも孤立してる。7年間なんてほんの瞬き程度の時間でしかない。どういう気まぐれで入学したのかはしらないけど、すぐに寿命を迎えるクラスメイトとの馴れ合いなんかどうだっていいはずさ」
    「……でも、エミィは確かに傷付いてたの」

     クライヴは肩を竦めた。指を鳴らして、コーヒーをすする。私の前にもコーヒーが現れたけど、コーヒーなんて苦くて飲めないわ。

    「誤解されるのは有名人の宿命だよ。名前が大きすぎるんだ。加えてあの美貌だし」
    「私、何もできないの?」
    「何をしたいんだい? 逆に考えてみなさい。エマはココを守ろうとして学校で話しかけないでほしいと言ったんだ。素直に守られて、寮で支えてやればいい」
    「素直に……。素直ね……。クライヴ、私コーヒー飲めないわ」

     クライヴは呆れた顔をした。私の前にミルクを出して、既に冷めたコーヒーを飲んで首を振った。

    「冷める前に言ってくれ」
    「でもわかった。私は無視なんかするつもりはないけど、学校ではあまりエミィに話しかけなければいいのね」
    「……そうだね」
    「そういえば、エミィは友達を探すのに魔法を使おうと思って入学したんだって。知ってる?」
    「彼女の交友関係なんか知らないよ」
    「そうよね」

     ミルクを飲んで、クライヴを見る。

    「パパ」
    「何だい? 今日は甘えんぼだな」
    「パパが本当のパパだったら良かったのに。最初から感情があれば……良かったのに……」
    「言ったじゃないか。全ては女神のおぼしめし」
    「そうね」

     女神に聞いてみたい。なんで、名前の法則を作ったのか。なんで、魔法なんてものがあるのか。

    「もうエマのところに戻りなさい」
    「うん」

     クライヴが私を引き寄せて、頭を撫でた。軽くハグをして研究室を出ると、急いで寮に戻った。
     部屋にはエミィの他にマーリーとアンブラがいた。いつの間にか、アンブラもエミィと打ち解けたらしい。嬉しいことだ。

    「おかえり、ココ。二人ともココを待ってたのよ」
    「ただいま……。あ、あのね、ロダン先生、男なんだって」
    「え!?」

     マーリーがとても大きな声を出した。アンブラも声はないけど驚いた顔をしている。

    「ロダン先生って、誰?」
    「世界史の先生よ。とっても美人の」
    「あ、ココは私がロダン先生とブレナン先生の仲が怪しいんじゃないかって言って不安になったのよ。ブレナン先生の彼女だったら、継母になる可能性があるもの」
    『でも、本当に男だったの? 騙されてるんじゃない? 確かに中性的な感じだったけど』
    「パパは嘘なんか言わないよ」

     エミィがハーブティーをくれた。おいしい。

    「エミィ、そっちは宿題出す先生いた?」
    「いないわ」
    「ねぇ、スポーツの時間いなかったよね?」

     マーリーがお菓子を食べながらエミィに尋ねる。それは私も聞きたかった。免除とは聞いたけど、なぜなのだろう。

    「あぁ……悪魔って、吸血鬼ほどじゃないけど日光に弱いのよ。体力は魔力で補えるし、免除されてるわ」
    「免除されてる人って、他にいた?」
    「うちのクラスとベータクラスの吸血鬼が1人ずついたわよ」
    「え? うちのクラス、吸血鬼がいるの?」
    「知らないの? ヴォルター・リンハルトよ」

     ヴォルター・リンハルト……。
     名前を聞いても思い当たらない。

    「うちのクラスはマティアス・レオンハルト。吸血鬼の貴族よ」
    『なんか、名字が似てるのね。同じ吸血鬼だからなの?』
    「レオンハルトが本家で、リンハルトが分家よ。ヴォルターがいれば吸血鬼同士で寮の部屋を組めるから連れてきたんじゃない?」

     本家と分家。私も、実家では本家の子だった。私も誰か、分家の子に付き合ってもらったら名前を取られることもなかったのかな。あぁ、ダメだわ。そもそも私しか入学資格がないもの。吸血鬼の本家と分家だからできたことなのね。

    「吸血鬼かぁ……。やっぱり、血を飲むのかなぁ」
    「それは魔法で抑えてるらしいわ」
    『じゃあ、日光に弱いだけの人間ってこと?』
    「そうよ」

     それでも、彼らも疎まれ、遠巻きにされるのだろうか。エミィみたいに。
     よし、明日、ヴォルター・リンハルトに話しかけてみよう。
     エミィと……悪魔と仲良くできて吸血鬼と仲良くできないなんて、説得力に欠けるわ。ヴォルターが嫌な奴だったら、それはそれで、エミィの人望だって言えるし。