永遠少年症候群

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ココにはない世界

 キリのいいところでぐっと伸びをすると、ヴォルターがミネラルウォーターを持ってきてくれた。

「ありがとう」
「いい加減にしないと本で窒息死するぞ」

 山のように積みあがった本をぐるりと見渡してヴォルターが溜め息を吐く。ぬるくしてある水をごくごくと飲んで初めて、久方ぶりに飲み物を飲んだことに気付く。さきほどのヴォルターのように周りの本の山を見渡して、ふと何時間経っただろうかと我に返って時計を探すと、私からペットボトルを取り上げてバスタオルを押し付けてくる。

「今、朝の8時。水曜日の」
「あら、大変。私、丸二日も書斎にこもってたの?」
「オレの声も丸二日ぶりに届いたみたいだね」
「うー……、ごめんなさい」

 あぁ、ヴォルターが静かに怒っているわ……。飲まず食わず……ではなかったようで、お腹は空いていない。研究に夢中で周りが見えていなかったわ。

「8時かぁ。お風呂につかる時間はないわね。あっ、そうだわ。実験していいかしら。今、校長先生に頼まれている研究が」
「だめだ。10時から授業だろう?」
「でも成功したら、余裕で」
「だめ。ほら、早くシャワー浴びて。2日も風呂に入ってない奥さんなんて、オレは嫌だぞ」
「うっ」

 耳に痛い言葉だわ。ついでに心臓にも突き刺ささって痛い。
 もう四捨五入すれば還暦になるのに、私とヴォルターの関係って学校を卒業した時から全く変わっていない。
 魔力のせいで、自分が老けないということもあるかもしれないけれど。魔力は寿命に比例する。だから、魔力を持たない同級生はもちろん、マーリーやアンブラと並んでも同級生には見えなくなってしまった。逆に、途方もない魔力がある悪魔であるエミィや、ヴォルター、それにエミィの彼氏は、私よりも若く見えるくらい。まぁ、エミィの彼氏は元々私より若いけど。
 手元でハートマークを描くと、ベタついた髪がさっぱりした。濡れたバスタオルを洗濯機に放り込むと、ヴォルターが朝食を作ろうとしていた。

「あ、魔法使ったのか」

 それじゃあ仕方ない、とヴォルターが舌を噛む。すると、こんがりと焼けたトーストがテーブルに並んだ。こんがりというか、焦げてるわ……。

「あー、焦げた」
「まずはうまく焼けるようにならないとね」

 魔法って万能なんだけど万能じゃない。魔法の……というよりも、魔力の使い方には種類がある。
 行動を魔法で済ますのは、魔力を行動の対価として使うので基本対価魔法という。でもそれは、できることしかできない。ヴォルターがトーストを焦がすうちは、魔法で作っても焦げるのだ。
 本来、基本対価魔法だけでトーストを焼こうとしたら、焼く分の時間がかかる。さっきヴォルターが使った魔法は、基本対価魔法に次元変異魔法という魔法を組み合わせている。一瞬で出来上がったのは、この次元変異魔法で時間という次元を省略したからだ。
 ……あぁ、こんな感じの解説で生徒はわかってくれるかしら。40歳を過ぎた頃から魔法理論特講という選択授業の臨時教師を頼まれていて、以来ちょっとした魔法も魔法理論の説明をわかりやすくするための言い回しを考えてしまう。

「今は何の研究してるんだ?」
「あ……えっと、時間を戻す魔法。校長先生が昔、火事で燃えている家の時間を巻き戻しているのを見たことがあるんだって」
「そんなこと……可能なのか? 見たっていうのなら、可能なんだろうが……」
「……でも間違いなく、その魔法を使ったのはドロテアよ。普通の魔法使いに再現できるかさえもわからないわ。理論上可能、ってところかしら」

 研究すればするほど、《魔女ドロテア》が残した功績の偉大さと、その魔力の多さに驚きよりも畏れが勝る。

「だけど、見たことあるんならココ以外にも頼んでるんじゃないか?」
「他の先生には……創世論があるわ」
「それはまた難しいな」

 創世の女神は魔女で、創世は再現できるという問題の論文。今でこそフィクション小説のように読まれているけれど、一時期は禁書にもなったという話もあるものだ。

「もしかしたら、ドロテアは無から有を生み出すような途方もない魔力を持ってたのかもね。そんなことができたなら、本当に魔法って万能だもの。創世だって時間を巻き戻すのだって、きっと簡単だわ。……でもさすがに、創世の魔法を見たっていうのは校長先生からは聞かないわね」
「言わないだけかもしれないじゃないか」
「言わないメリットって、あるかしら――……。あ、もう行かなきゃ。授業の準備があるの」

 冷めてきたトーストを食べきって、歯磨きをした後にヴォルターの頬にキスを一つ。それから、指先でハートマークを描いてドアを開けると、いつもの書斎――……に似せた、エヴァンジェリン魔法学校の西塔にある私の研究室が広がっている。私は臨時教師だから全体の会議も出なくていいし、大抵授業を選択した生徒以外には会わない。
 だから、珍しいお客さんだった。

「あ、校長先生」
「研究の進捗を、散歩がてら聞きに来ました」
「えーっと、あ、どうぞおかけになって」

 紅茶でいいかな。校長先生に紅茶を出して、それから向かいあって座る。
 校長先生のこと、校長室以外で見るのは初めてだなぁ。

「……時間を巻き戻す魔法のことですが、基本的には次元変異魔法だと思います。ただ、時間の流れを逆方向に変異させて……そして、その上それを早く進める。膨大な魔力があれば理論上可能、というやつです」
「……可能、ですか」
「ですから、膨大な魔力があれば、理論上は……」
「膨大な魔力でしたら、私のがあります。私の魔力の使い方は、……そうですね、ボスホロヴァ先生に聞いてください。いくらでも実験して結構ですよ」
「あ……そ、そうですか」
「紅茶、ありがとう。それでは、いい報告を期待しています」

 校長先生が教室から出て行って、思わずソファーに倒れこむ。
 ……「理論上でしか可能じゃない」を「可能」と、言い切られた。途方もない魔力は、ドロテアだけじゃなくて校長先生も一緒か。
 放課後、呪い学のボスホロヴァ先生の研究室を訪ねると、先生は特に驚きもせず眼鏡を押し上げた。

「珍しいですね」
「こんにちは、先生」
「彼氏は元気?」
「えぇ、元気に主夫をやってもらってます」
「あら……、彼に噛まれたの?」

 ボスホロヴァ先生が私の首筋に指を這わせる。そこにあるのは、ヴォルターの紋――吸血痕だ。
 先生がこんなに興味を示すということは、吸血鬼の紋も呪いの一種なのだろうか。

「えぇ、まぁ――……、ちょっと、その、愛を確かめるときに、盛り上がって」
「まぁ」

 ボスホロヴァ先生は、小さく驚いて眼鏡を押し上げた。

「それで? 吸血されるのはどんな感じなのですか? 気持ちいい? それとも――……」
「ちょっ、そんな。あのっ、本題に入っていいでしょうか?」
「あ、失礼。吸血されて生きている人は珍しいものですから。本題ですね。どうぞ」
「校長先生の魔力の使い方を、先生に聞くようにと言われました」
「創世論の、実験を?」
「いいえ、事物を過去に戻す魔法です」

 あぁ、そっち――……と言って、ボスホロヴァ先生が1冊のノートを取り出した。

「使い方は簡単。呪文をいうだけで校長先生の魔力を代用して魔法を使うことができます。しかし、この校長先生の魔力というのが厄介で、ともすれば世界を壊すことも可能です。そういう事情がありますので、校長先生と私、あとは副校長の三人で月に一度キーワードを決めて、呪文の後にキーワードをいうことになっています」
「そうですか」
「あとは、このノートに利用名簿をつけていますので、名前を書いて。どんな魔法を使ったか、表示されるようになっています」

 名前をサインすると、ボスホロヴァ先生は呪文とキーワードを教えてくれた。

「……家でも使えますか? 私、主に自宅の書斎で研究しているのですが」
「学校の外では難しいでしょうね。書斎を研究室に移したらどうです?」
「そうします」
「……ものごとを過去に戻す魔法が使えれば……、人も、生き返らせることができるのでしょうか」

 考えたことも、なかった。
 黙り込んでしまうと、先生は私を研究室から押し出した。

「変なことを聞いてごめんなさい。それでは、また」

 私が研究している魔法は、本当は禁忌なのではないだろうか。
 ふと、怖くなった。
 交通事故で亡くなった人の時間を巻き戻せば、その人は生き返る? 交通事故でへこんだ車は直るの? 修理した車はどうなる? 時間を巻き戻すだけで過去が消えるわけではないから、交通事故の事実だけ残る?
 私は単に、千代紙で折った鶴をしわの無い千代紙に戻すという実験をしようと考えてた。でも、実際はきっと、そんなものに魔法は使わない。
 ――ともすれば、世界を壊すことも可能です。
 ボスホロヴァ先生の声が、頭の中をぐるぐる回る。そう、使い方によっては世界を壊すことも可能。
 校長先生は、何の時間を戻したいのだろう? 行方不明のドロテアを見つけるのに、時間を戻すものなんてあるだろうか?
 あぁ、でも校長先生は魔法を使えない。何か魔法をかけるなら、私に頼むだろう。

「……はぁ」

 溜め息をついて、校長室へ向かう。ノックして入ると、校長先生はいつも通り大きな水晶を布で拭いている。

「どうなさいましたか?」
「……一つだけ、確認があります。過去に戻す魔法……何に使うおつもりですか?」
「あなたが知る必要は」
「あります。もしかしたら、死人を生き返らせることも、世界を壊すことも、なんでもできます。校長先生は正しいことをするのだと思いますが、一応、知っておかないと――……」
「……死人を、生き返らせます」
「え?」
「ただし、対象は……そうですね、実験で使用するモルモットのような、ものでしょうか。……以前、この水晶がお師匠サマのものであることは話しましたね?」
「はい」

 大きな水晶玉。言語を翻訳する魔法を使っている私にも意味不明な文字が現れたのを、よく覚えている。

「……この水晶は、異世界を映しています。お師匠サマが創世論の論文を書くときに創った、異世界です」
「えっ!? 創世論は、実証されていたんですか!?」
「……はい。この世界が、そろそろ滅びます。一人の女性が亡くなったばかりに。……なので、数年、この異世界全体を戻したいのです」
「……同じことの繰り返しになる可能性も」
「えぇ。ですが、何もしないで滅びるのを見守るだけなんて、できません」

 それなら、この世界での歪みはない。
 このためだけに使うというのなら、研究してもいいかもしれない。

「わかりました。この、現実の世界で魔法を使わないのなら、研究を続けます」

 ――……これが、私が、現象を過去へ戻す魔法を研究・開発した経緯。創世論が実証されていたことも、異世界を過去に戻したことも、誰にも言えないけれど確かな事実だった。